「自分の幸せに忠実であったり、執着したりすると、この御言葉通りの行動が出来なくなるか、初めから、自分の幸せに無頓着で、自分の命に執着せずにいれば、苦しみは少ない。」と。
しかし、それは自分の幸せや、命の大切さを誰より知っているからこその逃避です。
不幸と幸せは対等だから、ちょっと不幸も必要とか、
悩みがあるけど、解決できる気がしないから、やり過ごすとか、
していないでしょうか。
神様からの美貌、知恵、技術、体力という「才能」の賜物を揃って頂いた人が、そう思いやすい。
マタイの福音書22章
39,『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』
という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
自分の大切な命、時間、人生だからこそ、それを愛おしく思うことに忠実であることの出来る人が、愛を差し出す事ができるのです。
命に忠実である辛さを避回避した、自己犠牲には、愛を差し出せずに、悲しみの連鎖を生む。
自分を愛する勇気
自分の命を大切にする勇気
誰かを愛するには、神様の傑作である自分を愛さなければならないのです。

