お軸「座禅一味」
茶花  置籠〈宗全籠〉にフジバカマ、 ホトトギス、ハマギク
柄杓置  夜学
茶碗   飴楽焼 兎二羽に草


座禅一味の意味

また利休亡き後の古田織部おりべと小堀遠州の両者、利休の子の道安どうあんが春屋と、少庵がせん嶽宗がくそうとうと親しく、茶禅一味ということがいわれ、茶室の掛物として禅僧の書いたいわゆる墨蹟がこよなく珍重され、茶趣に禅味のゆたかなのが、こうした茶の湯の成立・発展と禅との緊密な歴史的関係にもとづくもののあることは否定しがたい。しかし、茶と禅との歴史的交渉の綿密さを明らかにしても、それだけでは茶禅一味の理論的根拠を解明したことにはならない。


本来は二つの別なものである茶と禅とを結びつけ、両者を不二一にょならしめる共通なものは何か。茶と禅とは何において一味なのか、という疑問は依然として未解決である。次に、素朴なしかしそれだけに根本的な、この問題の解決に歩を進める


引用なぜ座禅一味なのか



置籠〈宗全籠〉

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風炉の花入。
秋の草花を沢山入れて良い花入。



柄杓置〈夜学〉
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秋の夜長に学ぶ…。