気がつけば1月も、もう20日になりました。

しかしながら、長い長い時を過ごしたような疲労感があります。

というのは、毎日毎日が試練の連続だからかと思います。

この試練の目的を見つけたくて、聖書に関わる時間を貪るように作りました。

はたして私は、神様から与えられた心身のを全て使いこなしているのだろうか…

文明の力に頼り、自分の能力以上をし、自滅する経験を、今まで何度となく繰り返してきました。

そのたびに、自分は駄目な人間だとか、ドジ女だとか、おっちょこちょいだとか、ブスだとか、馬鹿だとか、アホだとか…多々思い、神様の作品である自分の価値を下げてきました。

しかしながら、証の文章や、料理、手芸、時間配分など「こごぞ」と言うばかりに見事な仕事が出来るときもありました。


自分が自分を客観的にみても感心するくらいに。

こんなときは、神様の力添えを感じます。


「へー、すごいなぁ。よく出来てるねぇ。真似できないなぁ。」

と言う具合に、私ではない、まるで別の人が作り出した秀作のように見えるのです。

この心体は神様の作品であり、丈夫な箇所や弱い箇所が、性質を生み出しています。

長い長い人類の歴史上に、同じ人間が一人もいないのです。

偶然ではありません。

ひとりひとりに神様からのメッセージが秘められています。

人生はそのメッセージを見いだす旅かと思います。
生きているうちに見いだすことができるかどうかは、わかりませんが…。

2015年の御言葉
クローバーローマ12章2.3節

2
この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
3
 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。クローバー

今日も1日、主の慰め、励ましがひとりひとりの上にありますように。


アーメン