ブティックなんかの鏡で、自分の姿を見るのが嫌手です。

「人は見かけによらない」と言われていますが、

心や生き方は、見かけに出ると思います。

自分が良い自画像を描いているのに、鏡に写し出された自分にギョッとする時があります。

『ありのままでいい』

『そのままのあなたでいい』

は、一見美しく素敵な魔法の言葉ですが、私はそうは思いません。


ありのまま、そのままではいたら、あまりにも図々しいと思うし、それではいけないと思うのです。

でも、良く見せようと、虚栄したり、威嚇するのではなくて、


「本当に良い事はなんだろう。本当に美しくしい物はなんだろう。」

と考えながら、痛みつつ変わって行かなくてはいけないと思います。


本当の価値を求めて、苦心して、変わろうとしている姿が美しいと思うのです。


森の木々が、雨風、雪にねじ曲げられても、光を求めて、天へ天へと伸びようとする姿は、美しいと思います。


クローバーコリントへの手紙第二
8章12節
進んで行う気持があれば、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。

13節
他の人々には楽をさせて、あなたがたに苦労をかけるということではなく、釣り合いがとれるようにするわけです。クローバー


お金は、この世のものですから不平等です。

この世での一生を考えたら、不平等に思える時間です。

それでも今、神様から頂いている時間は平等です。

与えられた恵み、能力、時間を知り、良いもになりたいと願う熱意を持ち続けたいものです。


人と比べて、心の鏡を見ることはとても大切ですが、悲しんだり、落ち込んだりして、自暴自棄になる時間こそ損です。


何故に、人は前に目があり、前に歩くように造られたのか。

何故に、自分の顔と背中を肉眼で見ることができないのか。


平等な時間の中で、前へ進むために創られていて、

人がお互いの行いを見合うように創られていると考えたら…


新しいことへの不安や、変化による痛みも、成長のために必要な事と思えます。

神様の恩寵を感じます。


結果は今直ぐには出ません。
自分の知らないずっと先に思いもかけず、その結果を見ることができます。

今答えを出さず、無心に光を求め、天へ伸びたいものです。