今日は熊谷牧師が東京の瑞穂教会付属のぞみ幼稚園の理事会で留守だったので

宮城県の築館から岸浪市夫牧師が礼拝に来てくださいました。


今日は創世記45章です。


5節
今、私をここに売ったことで心を痛めたり、
怒ったりしてはなりません。
神はいのちを救うために、
あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。



ヨセフは父親から非常にかわいがられていました。
また、無邪気に神さまから祝福された夢を口にします。
そのため兄弟たちからひがまれて、売り飛ばされてしまいました。

ヨセフは苦悩の年月を異国で暮らしますが
ヨセフは愚痴を言いません。
いつも穏やかに冷静に暮らしています。
祈りながら、神と共にいることを感謝しています。
神が共にいるヨセフは大いなる祝福を受け、栄えます。
エジプトの王から信頼され仕事もまかされます。

しかし、濡れ衣で牢に入れられ、助けた人に裏切られたりします。
幸せからの転落の中でも、嘆くことなく、神と共に暮らします。

やがて濡れ衣が晴れて、再び王につかえる人となったヨセフは
エジプトの大飢饉を救い、自分を売った兄弟たちを救うために
家族をエジプトへ呼び寄せます。

この聖書箇所は、その兄弟たちとの再会の場面で
ヨセフが言った言葉です。

今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。
神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。



私たちは、勝手に自分中心になり、またはこの世の人の基準で

「幸せ」になったり「不幸」になったりします。

私たちの創造主である父は

私たちを創造した時、大変喜ばれています。

神は人をご自身のかたちとして創造された。
神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。
神は彼らを祝福された。
創世記1:27・28


私たちの最善を計画してくださっているのです。

人生において悲しい出来事も、失敗も、
自己中心的に犯してしまった罪もあります。

それでも神は忍耐強く幸せの計画をあきらめず遂行してくださいます。

創造者の存在を私たちが認識するまで
愛を持って待っていてくださるのです。

神は呼べば応えてくださいます。

臥せって泣いていても花を咲かせ、鳥をさえずらせて
あの手この手で慰めてくださいます。

この世的に「不幸だ」と思うようなことがあるかもしれないけれど

神の祝福とご寵愛を知れば
「不幸だ」などということはないのです。

悲しい時、苦しい時、傷ついた時、自信を失くした時、寂しい時・・・

祈りましょう。
賛美しましょう。
歌いましょう。

出会う人、嫌いな人、自分を苦しめる人のために祈りましょう。
神がその人を祝福してくださるように。


マタイ5章44節
しかし、わたしはあなたがたに言います。
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。



神がいつもどんな時も共にいてくださることを忘れずに

怒りで、悲しみで、苦しみで、痛みで、寂しさで

罪を犯しそうな時は、祈りましょう。

祈りのうちに起こった出来事は

神の範疇です。

幸せになるための通り道です。


喜べる者になりたいです。
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