今日は熊谷牧師が東京の瑞穂教会付属ののぞみ幼稚園理事会で不在のため

つきだての教会からいらした岸波市夫牧師が礼拝してくださいました。

今日の聖書箇所は

ローマ5章の1節から5節

1・このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

2・わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。

3・それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、

4・忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。

5・そして、希望は失望に終わることはない。なぜなら、わたしたちに賜っている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。




今日心に残ったメッセージ・・・・


『ある人が車を買いました、しかし支払いをしません。

車やさんが困っているとその人の母親が現れ

「息子の負債を私が全額払います」といいました。

そこでもし、車を買った人が「あの人は母でも何でもありません

私の負債は私が支払います」といえば請求は

そのまま車を購入した人に残ります。

しかし「そうです、全額支払いをしたのは私の母親です」といえば

負債はなくなります。

信仰を持つということは、自分の罪の負債を、

イエスキリストが変わりに贖ってくれた

と言うことを認める、信じるということです。

今辛い状況にある人はいますか?

でも、罪のないイエス様があなたの罪の代わりに

苦しい恐怖の十字架にかかったことを思えばどうでしょう。

自分の苦しみはほんの僅かです。』



『神様からの恵みは誰でもいただけます。タダです。

こんなありがたいことはありません。

教会はこの恵みを育てる場所です。』


『私たちが選んだのではなく、神が精霊を通して

私たちを選び天国に家を備えてくださいます。

私たちは安心して備えが完了するまで希望を持ちながら地上で生きるのです。』


『艱難をも喜びましょう。患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬建を生み出し、

練達は希望を生み出す。

そしてその希望は失望しないのです。』

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信仰を持つことは神様が私の負債をイエス様を通して精算してくださり

私を義としてくださったことを認め信じ感謝すること。






私の涙は乾きました。

祈りの課題は多くあります。


また、一週間、神様から来る恵みを喜び、試練を喜べる

イエス様を慕う小さな人として練られて行きたいと思います。


祈りのうちに、精霊によって起こるさまざまな出来事から

自分の役割を知ることが出来ますように。




今日私が教会に行くために、ふみちゃんのサッカーに

付き合ってくれた知恵ちゃんに感謝。

知恵ちゃんとななちゃん、かいちゃんの家庭にイエス様が共におられますように。




・・・いつか家族で教会に通うことが出来ますように。


アーメン