先日、おばあちゃんが亡くなった。
高齢だし、精一杯生き抜いたと思うので、悲しいという気持ちより、よく頑張ったねという感じ・・・
高齢なんだからと頭では分かっているのだが、一緒に暮らしてきた家族が立て続けに居なくなったので、やはり寂しい。

実家に戻り、だれも住んでいない家に入るのはいまだに慣れていない。
でも、おばあちゃんも亡くなり、いよいよ整理をしていかなくてはいけないのかもしれない。

おばあちゃんの百箇日が一周忌と近い日だったことに気がついたときは、もしかしたら私にこれ以上の心の負担をかけないために、呼んだのかなとか考えていた。
また10数年前に亡くなったおじいちゃんの命日と6日違いでもあった。

何か見えない力でつながったのだろうか

時間が経過して、だんだんと今の生活リズムが普通になってきた。
電話をする時間などを気を使っていた時のことが遥か前に思えてくる。
時間とともに声もだんだんと忘れてくる。
寂しい
百か日の法要を終えてきました。
もう、百か日という気持ちと、まだそれしか経っていないのかとの気持ちがある。
闘病中、最後のときにそばにいられなかったことは、くやしいかったけれど、
離れているから実感がわかずにその後も暮らしてこれたのだと思う。
ただ、実家に戻ると生活していたそのままの状態でなかなか片づけることができない。
いろんなものを見るたびに思い出したり、独り身での闘病が大変だったのではとか考えてしまい切なくなる。
しばらく整理はできないだろう・・・
女優の田中好子さんが癌でなくなり、その肉声が流されていたのを聞いたが、なんとも息苦しそうなよわよわしい話し方が、自分に話しかけてくれた最期のしゃべりと似ていて涙が出てきた。


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朝●生命へ請求している、入院給付金。出してくれないようです。
交渉するのも疲れました。
●日生命の対応は間違ってはいないのだけど、なにか方策をだしてくれないのだろうか。
朝●生命のいまの対応なら、人はいらないから機械処理して、社員を減らして保険料を安く顧客に還元すればいいのに。
金融機関は、商品に加入させるときはいいことばかり説明するけど、実際の給付の煩雑さは説明しない。そちらのほうが重要だとおもうのに。インターネットの普及でこれだけ情報を提供する場があるのだから、きちんと提供してほしい。
本人が死亡してしまったら、訂正することはできないのだから
先日、四十九日法要を終え儀式としては一区切りとなり、喪も明けるということとなります。
お墓に納骨も済ませたので、そういう意味でも一区切りです。
帰った時にしかできないので家の片づけを少しずつやってきた。
とりあえず、急ぎのものとして食品を整理した。
帰省のときに買っていったお土産、最後に食べていたのであろう食品の余りとかが出てきて
胸が締め付けられた。
なかなか整理は進まないかもしれない。


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