「そ、それは……」
 この声に、動揺を隠せない。
「メールをするのに、手間どったからです。冷静さを欠いて」
「しかし、そんなことは言っていないよ。すぐにメールしたことを、鈴村君に言ったじゃないか」
「また、加山君は若いだけあって、メールを打つのも早いし、比較的短文のメールだったので、そんなに時間を要するはず
はない」
 阿賀佐警部も、残念な思いと、怒りが混ざったような、複雑な表情で、そのように補足した。
「その空白の10分に何があったか。想像すると、まずは、駒沢君が君を呼び出した時、君は覚悟を決めて、彼女を殺す
決意を固めて、二階に上がって行ったことだろう」
 栗巣警部は、立ち上がると、俺のそばに来て、そう言った。
 確かに、俺は最悪のことを想定し、懐に忍ばせていた武器――ナイフを確認していた。

「ドアを開けた時、彼女は、君が覚せい剤横流し犯人であることが、間違いであってほしいとの複雑な思いで、君に銃口
を向けて自白を求めたのではないだろうか」
 そうだ、鬼のような形相で拳銃をつかんで、俺をにらみつけるという、優しい彼女からは、すっかり変わり果てた
姿で俺を迎えていた。しかも、半分泣きながら。

「犯罪の露呈を恐れ、君は彼女に飛びかかって刺した」
 まさにそうだった。俺も半泣き状態で、悲痛に叫びながら、ナイフを両手に持って突進した。その結果、返り血を浴びた。

「そして、ベランダの吐き出し窓を開け、持っていた覚せい剤を、彼女のハンドバッグに入れた君は、みんなにメールすると
彼女を抱きかかえたのだ」
 俺は、消え入りそうな声を振り絞った。
「しかし、証拠はありませんよ、今の話には。俺は、悲しくて涙が止まらなかったと言うのに……」
「愛する人を殺さざるをえなかった思いが、君の中で複雑に交じり合った結果の涙だろう。悲しいことは事実だろうな。
また、あの涙は嘘ではないはずだ。しかし、だからと言って、自分の不正な犯罪を隠すために、人を殺していい訳はない!」
 俺の肩に置いた、栗巣警部の手に力が入った。
「覚せい剤密売組織の大元が、今日、ようやく逮捕できた。今回の殺しの件を伝えたところ、君との関係も自白したよ。
君との連絡やりとりに使った、そいつの携帯電話も押収した。毎回公衆電話からかけていた君の通話内容を、いざと
いう時の保険代わりに、その大元はいつも録音していたことを知っていたかね? 声紋判定すれば、もう言い逃れはでき
ないぞ、加山君」
 阿賀佐警部も、今まで俺を逮捕できなかった決め手を、ついに得ることができたと、そのように伝えた。

「一つ、聞いてもいいでしょうか?」
 手錠を掛けられた俺は、両警部に質問した。
「和代のダイイング・メッセージの意味は、実際、何だったのでしょうか? わかりますか? 俺をかばったのでしょう
か、自分で刺したと言おうとして……」

 

(つづく)

 

ペタしてね