今日は、
先日の御守りネタの中で、
脱線してったので、
放置していた別枠ネタを。
前回の手紙の記事を書いてて、
彼の手紙の中の私に、
まじで女子要素薄っいなと、
女というより男だなと感じて。
まぁ、これは、
7月の手紙発見から、
ずっと、ここに書いているけど、
私の中のおっさんが、
彼の文面に、ひょっこり存在してて。
で、その際、
ふと思い出したのが、、
(前にも書いた気がする)
5年ほど前、マナカードのレッスンで、
ハワイの反射テストみたいなの、
やってもらった時。
辛く苦しいことになると、(逆境)
すごくパワフルになって力が漲るの、
あの時、自分の中の男を観じ、
これは、魂的な部分だなと。
成長の過程で、
そうなったのもあるのだろうけど、
そもそもの魂のDNAが、
おっさん強めなんだろうし、
武装してたから、壊れた時、
隠している柔なの弱さを、
知ることもできて、
これはこれで、完璧だなと。
偏りって、対極を教えてくれるから、
振り切った時、大きな気付きを齎される。
そしてさらに、話は逸れるけど、
書いていると、ふと思い出した。
父が亡くなった後、
傷心の母が小人に見えた時、
これからは、父の代わりに、
母を守らなきゃって、
謎の父性がムクムク湧き上がったのも、
おっさん魂の躍動。
「母を守りたい」。
(大事な人を守りたい)
蟹座の女性的な守る部分もあるけど、
困難に見舞われた時は、
自動的に、奮い立つような戦闘態勢の、
鎧をまとう感覚なんだよね。(侍か)
そこが発動すると、
とてつもないエネルギーが、
自分でも、びっくりするくらい、
湧き上がってくるの。
その為なら、
自分が傷つくことも、
恐れないし厭わない、
ある種の自己犠牲も苦じゃない、
勝手に身体が動くの。
だから、
その自己犠牲の犠牲なんて、
そもそも全く、頭にないから、
犠牲なんて思ってないし、
勿論、人のせいなんて思わないし、
自分が好きでやってるから、
自分がかわいそうだとも思わないし、
もはや、それが歓びでもあって、
もう、献身なんだと思う。
あれ?ってことは、
父性的でありながら、
母性も使ってんのかな、私。
(よう、わからんな)
母は、
明るくて頼りになって癒しもあって、
さおりちゃんといると、
元気になるって、
いつも言っていたから、
まぁ、どっちもなのかもやけど。
そんな私に、
母は、娘としてだけでなく、
私の中に、父を見ていたのかな。
(そして、母の実母の代わりの母性も)
私は、母にとって、
父(夫)代わりの役目を、
無意識にしていたのかも。
両親の存在は、
元々のおっさん魂を、
育ててくれた存在でもあるよなと。
そして、5月に、
久々、東京へ行ったとき、
飛行機の中から見た富士山に、
父性のケアを感じたことがあって。
あの時は、父の事を感じたけど、
実は、私が、がんばってきた、
自分の父性(男性性)の部分を、
労い癒してあげなさいって、
いうことだったのかなと、
今、書きながら感じた。
で、その時の機内で、
父の事やら、いろいろ巡って、
富士山と対話しながら、
私はこんな事を感じたのよ。
雲の上に、
少しだけ顔を出した富士山が、
まるで、男性の姿に観えて、
世の中の男性方も皆、
(もちろん、女性もどんな方も同じく)
日々、がんばっているなって。
女性が地面だとすると、
男性は空の世界に近いところにいて、
ちょこんと雲から顔を出す富士山が、
すごく、孤独に観えたの。
頂上部分は高い位置なゆえ、
見えないところで頑張っている部分と、
わたしには観えて、
でも、それを外に解放することなく、
内に抱えているような孤独。
(これは、私の内側の反映でもあるけどね)
男性には男性の考えがあって、
女性にはわからない部分や、
弱音を吐けないこともあると思う。
そういうことを、
富士山と目が合った瞬間、
男性だって、泣きたい時や嘆きたい時、
色々あって、でも、男だからと、
抑圧されてしまうストレスがあると、
すごく、感じてしまって。
そのストレスが、
女性に対し、幼児性となって、
女性を虐げ、虚勢を張って生き、
人との関係をゆがめてしまうことも。
だから、私的には、
ずっと、頑張ってきた男性たちの、
父性(男性性)のケアの時間が、
必要になってくるかもと感じて、
これからは、男性方の精神性の成熟が、
女性をより輝かせることに、
繋がるなと、あの時、感じた。
よって、
ここ最近の流れの気付きも含め、
私なりに、頑張って来た事や、
ずっと、表面的に生き、
秘めて抱えてきたことを解放したりと、
私を守ってくれた、
私の父性(男性性)を、
しっかりと丁寧に、
感じてあげようと思った。
それを文字に起こし、
この目で確認し感じ解放していく、
これが、今の私に、
先ず、できることかなって。
まずは、自分から。
お終い。
☺︎