この週末、祖母の住んでいる鹿児島へ行ってきました。
83歳になる祖母は鹿児島で一人、過ごしています。
その祖母が病を患い、命が短いと知らされたのはついこの前。
その病名は肺がん。
手術できないところにガンがあり、治療ができないそうです。
突然死も考えられると。
それを聞いた父親は今までみたことのない落ち込みよう。
当然ですよね??
治療できないこと、長く入院ができない今の入院の制度、祖母がどうしても家に帰りたいと毎日荷造りしてしまうこと、祖母の息子達(私の父親の兄弟)が鹿児島を離れていること・・・いろいろな問題があり、介護サービスを受けながら在宅で過ごしていくことになりました。
一人暮らしな為、家に緊急通報装置の設置・毎日の訪問看護・ホームヘルプサービスを受けることに。
父は私の住む四国へ連れて帰ることも考えたようです。
私もそれも選択肢の一つだと考えてはいましたが、
20数年間一人暮らしをしてきた祖母が私たち家族と暮らせるか?
きっと祖母のストレスが増えるのではないか?
鹿児島で83年生きてきた人が違う土地でなじめるか?
普段からあまり人づきあいのない人がこっちへ来れば、言葉の問題もあり家に引きこもるのではないか?
母も当然だし、きっと息子である父のストレスがたまるのではないか?
という思いもあり、連れてくることは反対でした。
でも、何年かぶりに会った祖母は、病気などどこにあるんだ?と感じさせるほど元気に見えて。
私の体を心配してくれる祖母。
「みんなでゴハン食べるとおいしいねぇ。ひとりで食べるよりうんとおいしいねぇ」とうれしそうに笑う祖母。
そんな祖母を見ていると、後悔ばかり。
何年かに一度しか顔を見せなかったこと、四国につれてくるのを反対していた考え。
本当に最低です。
在宅サービスを受けるとはいえ、いつ突然死が襲ってくるかもしれない。もしかしたら、サービスを受けていない時間帯に一人で死を迎えることになるかもしれない。
そのことを考えると、いたたまれなくなります。
連れて帰ることも考えた父ですが、
「連れて帰ると自分(父)が楽なだけ。生まれ育った鹿児島ではない見知らぬ土地で最期を迎えさすのも可哀想だと思う。」と。
父親も悩んで悩んで悩んでこのように決めたようですので、これからは私のできる限りのことをしていこうと思います。
「it's a good day to die]
今日は死ぬのにとてもよい日だ
あらゆる生あるものが私と共に仲良くしている
あらゆる声が私の内で声をそろえて歌っている
すべての美しいものがやってきて私の目のなかで憩っている
すべての悪い考えは私から出て行ってしまった
今日は死ぬのに良い日だ
私の土地は平穏で私をとり巻いている
私の畑にはもう最後の鋤を入れ終えた
我が家は笑い声で満ちている
子どもたちが帰ってきた
うん、今日は死ぬのにとてもよい日だ
今日もお疲れさまでした