わたしね
右足におっきな手術の痕があるんです。
幼稚園の頃に突然歩けなくなって
骨を移植する手術をしたの。
その時のもの。
その傷痕をね
1年生の時かな
「ムカデみたい」ってからかわれたことがあって。
で、たしかに自分で見ても
ムカデみたいに見えてね。
自分の中でおっきなおっきなコンプレックスになった。
そして
そんなコンプレックスを持っていることを
誰にも知られたくなかった。
そんなものないですよ、って顔しながら
内心は隠すことに必死だったの。
大人になって恋をするようになってからも
付き合った人に
「こんな傷のある私でごめんね」
って謝っていた。
相手に傷モノを掴ませたみたいな気持ちになって
申し訳ない想いになっていたの。
でもね
傷があるから態度を変えた人なんて1人も居なくて
私の中のほんのひとつの要素にしか過ぎないって
捉えてくれていたんだと思う。
ただ
私が自分の傷痕を「大問題」として
捉えていたんだよね。
でもね今思うとね
この傷のおかげで
私はカラダの中にある
「本当のその人」
を見る訓練をさせてもらったんだと思う。
傷があっても
カラダのどこかが動かなくても
人とは違う場所があっても
そんなこととは関係なく
たしかに存在している
本当のその人=その人の魂
傷ついた経験
抱えてきた傷
それをまるっと受け止めた人の魂は
本当に輝いていて
傷さえも魅力になっている。
ううん
その傷があるからこそ
輝いてる。
だからね
もしも。
コンプレックスや
自分の傷で
苦しんでいる方がいたら
伝えたい。
カラダについた傷や違いは
魂についたものじゃないよ。
本当のあなた自身に傷があるわけじゃない。
むしろ
その傷があるから
魂はより輝いてる。
その傷は
いつかきっと勲章になる。
出会う人
みーんな魂の姿でしか見れないの。
はっきり言って
容姿も職業も年齢も社会的地位も
なーんもなーんも関係ない。
そんなもん飛び越えて
その人の魂を好き
になっちゃう。
その人の傷も違いも過去も
ただただ愛おしい。
傷ついてきた人
そしてその傷さえ受け入れた人は
魂の美女&イケメンになるのかもね
こんな風に感じられるようになったのは
この傷のおかげ。
神様に願いが叶えてもらえるなら
この傷を消してくださいって
何回も願ってきたけれど
30数年かかったけど
本当にありがとう
って心から今は思える。
すぐには思えなくても
いつかきっと
ありがとうに変わる日が来る。
そんな違いや傷があることなんて
すっかり忘れちゃうくらい
今を楽しんで
夢中で生きていたら
必ずそんな日は来るから。
大切なのは
カラダという器に入った
「本当のわたし」
傷や違いという負荷は
「本当のわたし」を
強く美しく育ててくれる。
「本当のわたし」を
深く豊かにしてくれる。
だから
胸をはって
そのまんまのわたしで生きていい。
そのまんまのあなたを
愛してる❤