こんにちは😊


最近、寒いですね〜。

寒い時は、お味噌汁が身体に染みますね!


さて、今日は、

義父のことを書こうと思います。

少し気持ちが落ち着いてきましたので。


義父は、今までに、

脳梗塞を4.5回くらい起こしていました。

左麻痺になり、杖を使って、家の中は

ゆっくり歩行できていました。


夜中は、必ず一回、義母を起こし、

トイレに行っているのに、あの日は静かでした。


義母が、呼吸がおかしいと気がつき、

救急車を呼びました。


救急車に乗った途端、心停止。

救急隊の方が蘇生し、病院へ向かいました。

病院へ着くまでに2回心停止、蘇生を繰り返しました。


病院へ着くと、医師が処置をし、

呼ばれて部屋に入った時には、

人工呼吸器がつけられていました⋯。


その姿を見た時、

何とも言えない悲しみが

溢れ出てきて止まりませんでした。


脳内出血が、かなり広い範囲で起きていました。

「命は、どのくらいもつかわかりません」

ということでした。


この時点で、昨日までのことがよみがえりました。


「あの時、〇〇しておけばよかった」

という後悔が、沢山出てきました⋯


「3回心停止して、今、奇跡的に生きているこの時に、

私は、義父に何ができるだろうか?」


必死で考えました。


義父は、身内が集まり、お話したり、食事したり、

お出かけすることが好きでした。


「義父に、手や足を擦りながら、沢山話しかけよう。

感謝の気持を伝えよう。」


そう思い、毎日病院へ行き

1時間から3時間、交代しながら皆でやりました。


段々と血圧、心拍数が下がっていく中、

息子(私の夫)と、孫が声かけると、

一瞬、血圧や心拍数が上がりました。


それから、

私が感謝の気持ちを声にだして

耳元で伝えたところ、

義父から涙が出ていました。


他の人も、声に出して

その日に感じたことを話すと、涙が出ていました。


私はこの瞬間に、心と心が通っているのを感じました


生きている⋯


義父は、確かに今、生きている


と感じました。



その数日後の早朝

病院から連絡があり、駆けつけました。


病院について、数分後に、亡くなりました。


私たち家族が来るのを待っていてくれたかのようです。

また、義父も、最期に皆に会いたかったのでしょう。


後悔はなくなることはありませんが、

義父が状態悪化してから亡くなるまでの間は、

できること全てやり尽くすことができました。

そして、意思疎通もできました⋯

と、思っています。


人工呼吸器をつけたことがよかったのかは別として、

義父が、残される私たち家族が「死」を受け入れる時間を与えてくれたのだと思いました。


どこまでも優しい義父。


今は天国から私たちを見守っていることでしょう。


本当にどうもありがとうございました。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。



私は、義父のことから


「命を生きる」

ことの意味を、考えさせられました。


難しいことや

大きなことや

素晴らしいことをすることが、


「生きること」

だと思っていましたが、

違うのではないかと思い改めました。


生きていることを感じながら生きる

生きていることに感謝しながら生きる


これが、「命を生きる」

なのかなあ〜と感じました。

この辺りのお話は、また別の時に

もう少し詳しく書きたいと思います。



今日も、お読みいただき、どうもありがとうございました。