先日、国家資格キャリアコンサルタント資格更新の技能講習、クルンボルツ理論を受講しました。
キャリアコンサルティング理論で一番興味があり飲み込めたクルンボルツです。
★メイン<ハップンスタンスラーニングセオリー>**
*米国スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が20世紀末に提唱した理論で、ポイントは以下です。
■個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される
従って、予期せぬ偶然の出来事にベストを尽くして対応する経験の積み重ねで、よりよいキャリアが形成されるという考え方です。
(予期せぬ…というところがも重要で、計画性が高い人には当てはまらないのかも知れません。私自身が計画性が低いこともあり、且つ逆算型ではなく積み上げ型だという特性があるので、理論がしっくりくるというのはあります笑)
▼このセオリーを自身のキャリア形成に活かせるスキルが下記の5つです。
①好奇心 … たえず新しい学習の機会を模索し続けること
②持続性… 失敗に屈せず、努力し続けること
③楽観性… 新しい機会は必ず実現する、可能になるとポジティブに考える
④柔軟性…こだわりを捨て、信念、概念、態度、行動を変えること
⑤冒険心(リスクテーキング)… 結果が不確実でも、リスクを取って行動を起こすこと
※ちなみに「キャリア」の概念は就職、転職、出世などの仕事に関わることだけではなく、
『時間的持続性ないしは継続性を持った概念』として定義されています。「生き方」そのものを指しています。(*厚生労働省提唱)
学生時代の「部活」とか、地域の仕事とか、PTAとか、母親業とか?も継続性・持続性があるのでキャリアに意味づけられます。
私は過去の話より現在の話をしたいのですが、
現在の自分の人格を形成するうえでも「ハップンスタンスラーニングセオリー」がどう活かされているかを考え、
レポートを作成する必要があったので、どうせなら、より原点に近いであろう学生時代を思い出してみました。
私の「ハップンスタンスラーニングセオリー」のひとつは高校生時代の部活経験(陸上部)にあります。
今は陸上部時代の見る影もないですし全く走ってもいません。
箱根駅伝やマラソン観て感動している程度です。
でも強い選手を見て羨ましいと思っている気持ちが気持ちの片隅に今でもあります。
陸上を始めたきっかけは「走るの速いってかっこいいな!」という好奇心でした。
私ならできる!と根拠のない自信がありました。自信とは裏腹に強い選手ではなかったです。
高校総体も調子が良ければぎりぎり県大会に行けるというレベルで駅伝メンバーにも選ばれたこともありません。
それでも<練習量は裏切らない>という概念のもと、誰よりも練習量にはコミットした自信はあります。
朝一番に登校して朝練をしました。走らない日が1日でもあると気持ち悪いし落ち着かない体質でしたし、
自分が一番にグラウンドに出なければ嫌でした。
自分でいうのもおこがましいですが、当時の私は目立ちたがり屋で頑張り屋で
…顧問の先生は「ムードメーカー」と言ってくれました。
選手としては弱い私のモチベーションを下げないように役割を与えてくれたのでしょう。
でもその役割は本望ではありませんでした。
「エース」と呼ばれたかったです。いえ、「エース」になりたかったです。
努力が足りなかったのではなく、才能も足りなかったし、想いも足りなかったです。
頑張ることは手段でしかないのにいつの間にか頑張ることが目的にすり替わっていたのが伸び悩んだ原因だと思っています。
何もかも足りなかったですが頑張った思い出だけは真実です。
それでも強い選手になれずにタイムリミットを迎えた引退の日。
解放感ではなく寂しさと悔しさと悲しさでいっぱいでした。
気持ちにケリをつけたかったこともあり、1年に1回作っている部活の文集は卒業後、捨ててしまいました。
それでも、グラウンドにあった樹齢100年を越える大きな青々としたクスノキを思い出します。
クスノキの下に集合して、スタートダッシュをしてゴールをして、
掛け声を掛けた暑い夏の日も雪が降る日も春の総体前も秋の新人戦前も。
そしてお世話になった顧問の先生から頂いた言葉と文集の詩を思い出します。

恩師に教えて頂いたのは「縁と感性」の話です。
<縁と感性が掛け合わさり、人と人が出会い繋がる>
いま一緒に部活をやっているメンバーは縁もあり感性=感受性も似ている。
価値観がちかく縁もあったから出会えて同じチームで練習をしている、毎日頑張っている、だから今一緒に頑張っている。
縁があるだけでも出会えないし感性がちかいだけでも<継続的に>関われない。縁と感性を大切にしろと。
同級生には負けてばかりで悔しかったですが毎日毎日一緒に頑張った仲間や先生に感謝ができた言葉でした。
今も人との出会いに感謝できるのはこの言葉を頂いたからだと思います。
文集に載っていた詩はうろ覚えですが、
**「挑戦」という詩でした。 **
勝敗は結果に過ぎない
誰よりも頑張ったこと、汗を流したことを誇りにしよう
頑張った分だけ感動がある
自分の人生が輝いてくる
だから 挑戦せよ
前向きに果敢に挑戦せよ
動き出さなければ輝くことはない
という内容だと記憶しています。
今の私は「プロセスよりも結果が全て」と思ってしまうあまのじゃくな性格になってしまいましたが、
高校時代はそうじゃなく、頑張った量だけ熱量は高くなるということを感覚的に感じていたのですよね。それが原点なのだと思いました。
根本は今も変わらないのですよね。
クルンボルツ的にいうと持続性も楽観性も持ち合わせていましたが柔軟性は今も昔もないことをヒシヒシと感じてもいます。
〈挑戦=チャレンジ、縁、感性=価値観〉という言葉を今でも直感的に拾ってしまうのは部活の経験と関係が深いのだと思います。
この講習を受けて、改めて思い出しましたので残しておきたくてブログにしました。
後になって考えると、クルンボルツ理論なのか、
単に〈自己概念の影が現れて経験代謝が回り、意味の出現〉というクライエント(この場合は自分)の問題が明確になったのかはよく分かりません。
しかしながら、この出来事が後の自分に影響を与えたのであればクルンボルツ理論とも通ずるのではないかと思いますし、人格形成の上での影響も大きいのでしょう。
そして、余談ですが、今、大学生は授業の中で<キャリア教育>を学んでいるようです。
具体的なキャリアシートも5年後~10年後を想定して作成しているようです。
大卒3年以内の30%離職の数字は変化はないので、
キャリアに真剣に向き合うからこそ「理想と現実のギャップ=インパクトバイアス」が出てくるということは考えられるかも知れませんね。
そうだとしても、キャリアチェンジの機会にクルンボルツの理論(好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心)の要素を持つスキルを身に着けていれば良い方向にドリフトできるのかなと感じています。
そしてそのような、クルンボルツ的な支援ができる役割を担いたいと思いました。