こんにちは松田さおりです
これから初めて販売にチャレンジする方や、今よりもっとスムーズに営業したいという方に向けて、
『それって、今買えますか?』と言われて売れるハッピーセールスをお伝えしていくために、まずは自分史ブログ書いてます
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高校生最後の大仕事として、進路を決める、というのがありますね。
その当時、よっぽど将来やりたいことが決まっているか、進学校にでも行ってない限り、ほとんどの女子は短大へ進学希望でした。
というのは、高卒でいきなり社会に飛び出すには勇気がない。
少し社会も知りたいし、遊びたい。
だけど遊ぶには4年制大学は長いし、お金もかかる…。
例外もあるとは思いますが、だいたいはそんな感じで、短大志望でした。
実際、私の友人も、ほとんどが短大に進学しました。
私は、というと…。
迷いもなく『就職希望』でした
とにかく一刻も早く自力で生きていけるようになりたい
幼い時から日々、『お金がない』と母から聞かされ(実際は父が少額しか家計にお金を入れてくれなかったからなのですが…このことに関しては詳細は割愛しています)、学校で必要なものを買ってもらうにも気を遣う生活。
目一杯気遣っているのに、何か衝突があるといつも親から言われるのは、
『誰の世話になって生きとんや!!』という、子が親に絶対に反論できない卑怯な言葉。
(たぶん、同じ年代の方なら言われてた方も多いと思います…この言葉、大嫌いです)
そのうえ、何かするたびに否定の言葉を浴びせられて、居心地も悪い家庭…。
このままでは自分が潰れてしまう。
早く自力で稼いで、まずはお金のことで親に縛られない環境を作らなければ…
それに、大学に行って勉強するほど賢くなければ、勉強好きでもない
絶対社会人になってやる~
という思いに燃えてました。
ただ、そうは思ってみたものの、商業高校でもない一般的な公立の高校には、ほとんど就職の採用という枠がなく…。
公務員を目指すしかありませんでした
ひえ~就職するにも受験
しかも、高卒の公務員と言えば、公共機関や学校の事務職員として、毎日決まりきった事務作業をするとか、年功序列がきつくて全く無能な上司にもペコペコしないといけないとか…
(高3当時の個人的な思い込みです。お気分、害されませんよう…)
高校生になって部活でマネージャーをしたり、喫茶店でバイトをしたりする中で、ぼんやりとではありますが、
『人にサービスしたり喜んでもらえる接客が好きだなあ』
と思い始めていた私にとって、思ってもみない現実でした
でも…家から脱出するためだ仕方あるまい…
せめて事務よりは体育会系ということで、警察官、消防士、自衛隊の選択肢の中から、警察官を受験したのでした。
ところがこれが…不合格
(ちなみに私より頭が良かった双子は、その年の高卒受験の首席で受かりました!)
神様は、公務員になりたくなかった私の心を見透かされていたのでしょう~
とはいえ、さて、この先どうするか…。
試験が終わったのは9月も半ば。
他にめぼしい就職先もないまま、とりあえず就職のためのいろんなスキルが学べる『就職専門学校』なるところに1年だけ行こう、と考え、願書を出しました。
推薦枠で行けることもあり、ほぼ決定~
あとは卒業までを平和に過ごすのみ
…と思ったある日の午後。
学校から帰宅すると、居間に父が座っていました。
そして突然…。
『さおり、大学受験してみいひんか』
…聞き間違いかと、耳を疑いました
この人…なにを言ってるの
大学受験て…受験する子はみんな高2の夏くらいからめっちゃ必死に勉強してんねんで
今から頑張ったとして、受かるわけないやろ~
しかも、お金がないのを理由に、姉二人も大学に進学できてないのに、私だけ受験するとなったら、それこそ『やっかみ』ウザいやん
そして何より、あと4年も学生として親の世話になって、虐げられた生活をせなあかんなんて…地獄やわ
そんな思いが一瞬にして頭を駆け巡り…。
『受験せえへん。勉強好きちゃうし、はよ稼ぎたいねん。』
ときっぱり断りました。
そこから父の怒涛の反激が始まりました
「お父さんは高卒やったが故にしんどい思いをした」、とか、
「姉にやっかまれるやろうけど、大卒という肩書を手に入れたら見返せる」、とか…。
え…
それならなんで、元々選択肢、与えてくれんかったん
今思い返してみても、おそらくは、『一人くらい大学に行かせたい』とかいう、突発的な親のエゴだったと思います…。(双子が公務員受かった時点からの)
実は高校の指定校推薦で、私立ですが、京都の名門大学に入学できる話をもらっていました
でもその時、もちろん私は就職を目指してたから行く気はなかったけど、両親ともに学費が高いからって、速攻断った…よね…
なのになんで今更
大学に行かせてやりたいと言われて泣く娘はいないと思いますが、私は嫌すぎてずっと泣いていました。
しかしながら、相変わらずの父の権力により、私の偏差値内で推薦入試を受けれる大学を選び、その一校だけ受験することになり…。
どういう運命のいたずらか、合格してしまったのでした…
願わずして4大生になった私。
法学部だったけど、どうやって単位を取ったのかさえ思い出せないほど、大学生の記憶はありません…
留学もさせてもらえなければ、門限が厳しすぎてコンパに行って楽しむこともなく…。
何のための時間だったのかは、未だに定かではないけれど、大学以外のことでいろんな学びをした期間にはなりました。
ということで、次回からはついに大学生
不本意とは言え、大学生になったからにはちょっとは遊ばせてもらおうかな、と思った矢先…。
今までじっと耐えていた母が、あることを決行します
それを皮切りに、いろんな事件が起こります。
続く。
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