桜咲く季節は、始まりの季節。

昨年の4月、私は息子の保育園での慣らし保育と月に2回の療育(※)が同時に始まって、
てんやわんやしておりました。


※療育(発達支援)とは、障害のある子やその可能性のある子に対し、個々の発達の状態や障害特性に応じて、今の困りごとの解決と、将来の自立と社会参加を目指し支援をすること。






新しい場所や新しい出来事に緊張を覚えやすい私が、
あの日ドキドキしながらたいちゃん(息子、当時2才)と「子ども発達支援センター」の扉を叩き、

恐怖に突き落とされた時の話をしたいと思います。





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その日の子ども発達支援センターは、
我々親子と同じように、
初めて療育を受ける親子で溢れていました。

「あ、パパとママが二人とも付き添って来てる子もいるんだな」

と目を引いたのは、
おさげ髪の女の子と、
見た目が激しくヤンキーの若いご夫婦。

ママは若くて小柄で
メッシュの入った茶色いロングヘアにカラコンバッチリで、
パパは金色の短髪で強そうなガテン系の体格。
夫婦お揃いの白いジャージ姿です。


たいちゃんのオレンジ組の教室に入ると、
ヤンキーのママとおさげ髪の女の子も同じクラスのようでした。

教室に入れる付き添いの保護者は一人だけなので、ヤンキーのパパは送りに来ただけで帰られたのかな。


ヤンキーのママさん、年代もタイプも違うけど、同じクラスだし友達になれたらいいな♪


子ども達がおもちゃで自由に遊ぶ時間、
たいちゃんが使ってたおもちゃを無表情で奪っていく、ヤンキーの娘の名前はメアリちゃん。


月曜日のオレンジ組の子ども達は6人。
そこに発達支援のプロの先生たちが3人。

明るくしっかりした先生達の元で、
名前を呼ばれてお返事したり、
手を洗ったり、
おトイレに行ったり、
お歌を歌ったり、
お茶を飲んだりして楽しく時間は過ぎてい…













……疲れた。




開始から1時間で、とても疲れていました私。


私はもともと児童館で疲れを感じる人間です。


児童館の施設の素晴らしさとか、
職員の皆さんの優しさとかには癒されつつも、


児童館では360度どこから見ても
まともで優しい母親に見られなければ
というプレッシャーを感じてしまい、

家だとほとんどの時間スマホ見たりしてるけど、
児童館ではスマホを封印して
我が子だけにしっかり向き合ってる母親を演じることにより、

とにかくめっちゃ疲れる、


それと同じ現象が療育でも起きていました。


しかも慣れないことばかりの初日。


開始1時間で疲弊し、
療育の先生が注いでくださったお茶を飲んだところで気が抜けて動けなくなり、

お茶を飲み終わったたいちゃんが、
教室を走り始めたメアリちゃんの真似をして、
教室を走り始めても
止める意識が働きませんでした。


たいちゃん走ってるけど…
まあメアリちゃんも走ってるしええか……


脳と体が覚醒しない十数秒、
その間周りで何が起きていたかの記憶はなく、
ただ「疲れた…」と思っていたことだけ覚えています。

ふと気づくと私の後ろでメアリちゃんが泣いていました。



……どうしたのかな…?





メアリちゃんをヤンキーのママが心配そうに撫でながら、先生と何か話しています。

どうやら頭をぶつけたようで、
オデコが赤く腫れています。

冷やしましょうか、など先生が言っています。


そしてふと気づくと
たいちゃんも泣きながら私の膝に突っ伏してきました。



……どうしたのかな…?




あ…
もしかして、メアリちゃんとたいちゃんがぶつかったの…?



と、状況の把握が追いつきました。





マジかー…
メアリちゃんのオデコが赤くなってるの、
たいちゃんのせいか…

申し訳ない…


メアリちゃんとヤンキーママに謝らなくてはと、
メアリちゃん大丈夫かなと、

皆でお歌を歌いながら
手を叩いてパンパンとやってる間も、
ずっとヤンキーママの方を見て目が合うのを待っていました。

目が合わないので、
この歌が終わったら近くに行って謝ろうと思いました。


歌が終わったので、
ヤンキーママの30センチの距離に近づいて

「すみません…。うちの子が…」
と言いましたが、
ヤンキーママは無反応でひたすらスマホを打っています。


聞こえなかったのかな…。
私声小さいし……


いや…さすがに聞こえてないわけない…


これはつまり…無視……?


無視するほどお怒りだということ…?




その時ふと、女の第六感が働きました。






……もしかして、LINEで旦那さん呼んでる…?






女の第六感はすごく、
約2分後、教室のドアがガラガラガラッと開き、
今朝入り口で見かけたメアリちゃんの父親であるヤンキーパパ(以下、ヤンパパ)が怒鳴り込んできました。






「メアリがやられたって⁈💢」





ヤクザの抗争…?


硬直する私。
硬直する他のお母さん達。
硬直する先生達。
硬直する教室の空気。



ヤンパパは怒気を全身で表しながら、
ズカズカと教室に入ってきました。

メアリちゃんの赤くなったおでこを見て、

「怪我させるとか有り得なくないっすか?
こんなんじゃ安心して預けられないですよね?」

と先生たちを責め立てるヤンパパ。


どうしよう…
私がぼんやりしてたせいで……


ヤンパパは教室を見渡しながら先生に聞きました。


「相手はどの子ですか?」




殺されるーーー


殺されはしないまでもたいちゃんが殴られたらどうしようーー

たいちゃんを…たいちゃんを守らなきゃ……


療育初日だから印象に残るようにって、
目立ちやすい黄色のプラレールの服着せてきちゃった私のバカッ!





↓これ





先生がチラリとたいちゃんを見て、
「あの黄色の…」
と告げています。

ヤンパパは「ふーん」という顔でこちらを見ています。




やばい…これ…
私……出て行って謝った方がいい……?

怖い……


そこへ慌てたように園長先生が入ってきました。


「お父様、今活動中ですのでお話はこちらで……
園で起きたことは全て私どもの責任ですので…」



助かったーー



園長先生に連れられ廊下に出ながらも、
「先生こんだけいて何してたんすか?」と怒り続けるヤンパパ。



「お茶で〜す!🍵」



主任の先生がめちゃくちゃ声を張って、
お盆に載せた湯呑みとお茶を持ってきて、
再びお茶の時間にしてくてくれました。


マスクの上からでもわかる。
主任の先生、顔がめちゃくちゃ強張っている。



療育初日が終わるまであと少し。
なんとか普通に通常の活動に無理やり戻した先生達は皆さん頑張った…!

ていうか私…このまま療育受けてていいんだろうか…
謝りに行った方がいいんだろうか…

とりあえず流れに身を任せよう……



その間も、ヤンママはたいちゃんからメアリちゃんを守るような姿勢でこちらを絶対に見ようとしません。


療育の時間も終了し、
皆が何かに怯えながらも帰り支度を始める中で、

私は主任の先生にこっそりと、

「あの、できれば療育の曜日を変えていただけないでしょうか…。メアリちゃんのママもうちの子がいると心配だろうし…」

とヒソヒソ声でお願い。


その時、教室の真ん中いたヤンママが、
たまたま隣にいた蟹田先生に、
突然めちゃくちゃデカい声で叫びました。






「マジこういうの面倒くさいからやめて欲しいんすけど!!💢」








あ……あ……あ……



ずっと声を発さなかったヤンママから飛び出た
ヤンパパを上回る突然の大声に私は再び恐怖しました。

そして「こういうの面倒くさいからやめて欲しい」がどういう意味かわからなくて混乱しました。



ヤンママが教室を出て行った後、
蟹田先生が「ごめんなさいね。こんなことになっちゃって」と小声で言ってくれました。

「いえ、私が子どもから目を離したばかりにすみません……」


ヤンパパはまだ玄関で園長先生に怒りをぶつけ続けていたので、
「私も謝った方がいいですかね…?」と聞くと、

「ああ…じゃあ一応…」と言うので、
蟹田先生とヤンパパの元へ。


ヤンパパに
「すみません、うちの子が…」
と言うと、
ヤンパパは「あんたの話は聞いてない」風に
手で私を制止し、
引き続き園長先生にクレームを言っています。

園長先生が
「ぶつかった時の状況を蟹田先生が見てたので、蟹田先生から説明を…」と言われ、
蟹田先生は言いづらそうに説明してくれました。



「メアリちゃんが教室をぐるぐる走ってて、
たいちゃんもその後ろを走ってて、

メアリちゃんが止まって振り返ったところに
たいちゃんがぶつかって、

メアリちゃんがここ(おでこの真ん中)で、
たいちゃんがここ(おでこの右側)を……」









……今初めてちゃんと状況知ったけど、
たいちゃんそんな悪くなくない…?

いやまあ見てなかった私が悪いけど、
それはメアリも同じ…… 

少なくとも一方的にたいちゃんが暴力ふるったとかではない……


ということに恐らくヤンパパも気づいたようで、
ヤンパパは言いました。








「でもメアリの方が弱いとこっすよね?」








ああこれは…
この怒り方は…難癖つけて慰謝料をもらいたい人の怒り方……?


でも…子どもの医療費は無料だし……

たいちゃん何度もたんこぶできてるけど…
たんこぶはやがて消えるし……

何の費用を払えばいいのか……



引き続き硬直していましたが、
園長先生がヤンパパを必死に説得してくださり、
ヤンキー一家はメアリを病院に連れて行くと言って帰っていったのでした。




ヤンキー一家が消えた後、
主任の先生が
「バスまで一緒に行きましょう」
と声をかけてくださいました。

「ごめんなさいね。私長年やってるけどこんなこと初めてでびっくりしちゃって。
とにかくお茶を、お茶をと思って……」


この人いい人だなぁ……🍵


「一応、他の曜日で何曜日がいいか教えてくれる?」とメモを取りながら聞いてくれたのでした。





後日園長先生から電話がかかってきて、
ヤンキー一家のことを聞きました。

メアリちゃんの赤かったたんこぶは翌日には黄色くなっていたようで、
こんなに早く良くなるんですねとヤンママが驚いていたということ。

ヤンパパは、メアリちゃんが転んで怪我しただけでもヤンママを怒鳴りつけるらしく(大変過ぎる……)、
ヤンママはメアリちゃんの頭にたんこぶができたことに恐怖し、
たいちゃんのママが謝ってくれてたのには気づいてたけど、必死で旦那にLINEを打ってたので反応できなかったこと。

などを教えてくれました。


また、曜日は変えられないことを告げられました。


あのクラスであの現場を見た他のお母さん達も恐怖して、
今回はたまたまたいちゃんだったけど、
自分の子がメアリちゃんに怪我させたりするのが怖いので、クラスを変えたいとの希望が殺到したそう。


全員の希望には答えられないので、
ただあのクラスには今後園長先生も入って、
メアリちゃんにずっとついておくので、
だから安心してクラスは変えずにとのこと…。


そうですか…
と言って電話を切ったものの、
切ってすぐ思いました。





……やだ。







そしてまた電話をかけて、
どうにか当事者だし曜日を変えてもらえないかとお願いしてしまう私。




ああ……
まともで物分かりのいい母親を演じてきたのに…

今私めっちゃ面倒な母親になってる……
悲しい……



悲しみを感じつつも食い下がりましたが、
やはりクラスを変えるのはダメでした。

ヤンママの事情はわかりましたし、
きっと話したらいい人なのだろうし、
療育の先生方が考えてくださった最大の対策をしてくださったのだろうし、
クラスを変えるのはいろいろお手数おかけしてしまうだろうし…

でも…でも……


次にまたヤンママに会うことを考えると、
気が重くて夜も眠れないこと3日ーー





療育をやめることを決意。

私はたいちゃんではなく自分の気持ちを優先するダメな母親……


保育園の先生にも相談したりして、
療育でのクラスを変えるのは難しいので、
半年後から始まる療育のクラスに新たに申し込むことに。




その旨を伝えるため、
再び療育の園長先生に電話をすると、


「あ、クラス変えれますよー」とのこと。

あの後、クラスの全員の母親にヒアリングしたところ、このままのクラスでもいいというお母さん達もいたので、全員変更したいというわけではなかったので、変えれますと。





私のこの3日間の苦悩は……



療育の園長先生や先生方、事務の皆さまには多大なるお手数をおかけしたと思われ
とても申し訳なかったのですが、


それからは別の曜日の新しいクラスで、
穏やかで素敵な保護者の皆さまと、
一人ひとりに寄り添い支援計画を考えてくださる先生たちの元で、
楽しく学びの多い一年を過ごすことができたのでした。




その後ヤンキーを見るたびに怯えてしまう私ではありますが、

一つ言えるのは、ヤンパパもヤンママも、
メアリちゃんを愛していたということ。

愛し方、大切にし方は家庭によって異なりますが、

当たり前だけどみんな我が子をとても愛してる。


療育で学んだ一番大きなことは、
それだったかもしれません。