つづき。
手術から二週間経ち、術後の経過に異常がなかったため、
退院できることになりました。
退院したら実家で絶対安静の生活が始まります。
けれど翌週の検診で子宮頸管長が短くなっていたら
またすぐ入院になると聞いて、
わかってはいたけれど、退院できることよりも、
一週間後にまた入院するかもということに、
自分で思っていた以上に落ち込みました。
なぜだろう。なぜここに帰ってきたくないのだろう。
病院は安全だし、助産師さんも先生も優しいし、
栄養バランスの良い食事が黙っていても三食出てくるし、
生きていくのに必要なものは何だって揃っているのに。
窓からは青空も見れます。緑の木々が風に揺れるところも。
あぁでも、青空も木々のざわめきも見ることはできるけれど、
安全のために20センチしか開かない病院の窓からは、
感じることができないのです。
風も、緑の匂いも、夏の暑さも。
助産師さんは優しいけれど、
皆忙しいので心が触れ合うまで会話することはできません。
ご飯は三食出てくるけれど、
最後の晩餐の候補になるようなメニューが出てくることはありません。
病院では生命を維持するはできても、
生きていると実感できるような、
魂が震えるようなことはないのです。
家族の団欒、美しいグラスに入った氷が鳴るミルクティー、シャガールの巨大な絵、眼前で聴くアリア、映画館で買うバターの乗ったポップコーン、雨上がりのアスファルトの匂い、夏空の下で飲む走った後のスプライト。
今、生きていくのに必要のないものが、たまらなく恋しい。
……というポエムを書いていましたが、
幸いにも再入院することはなく、
実家のベッドの上で日々が過ぎていきました。
毎日三食を母に作って運んでもらい(本当に本当にありがとう)、
6時間ごとに1日4回薬を飲み、
「ninaru-ニナル-」という、妊娠から出産まで
お腹の中の赤ちゃんがどんな様子かを教えてくれるアプリを見ながら、
あぁ、今週は皮膚が完成した、臓器が完成したと、
一日一日を異常に長く感じながら過ごすこと120日。
本当はひたすら横たわっていなくてはいけないんですけど、
横たわる優等生だったんですけど、
妊娠34週の時くらいに優等生をちょっとやめて、出かけたんです。
妊娠中にどうしてもやりたいことがありまして。
マタニティフォトをですね、撮りたかったんです。
スタジオアリスに電話して、
「今切迫早産で、長い間立ってられないんですけど……」
と事情を説明して予約して、
イオンに入ったら車椅子に乗ってスタジオアリスまで行きまして、
スタッフさんが
「はいこちらおさえててください」「はいこちらかぶせますよ」と
テキパキと衣装を着せてくださって、
撮った写真が、こういった写真です。
いい年して花冠なんかつけさせていただいてますけれどもね。
これ、どうしても撮りたかったんです。
アマールカ(花冠つけてる妖精。妖精?)に憧れてたとか、
弟夫婦が撮ってたの見ていいなと思ってたとか、
いろいろあるんですけれども、
一番の理由は、
生まれてきてくれた子が大きくなった時に、
写真を見せながら、
「このお腹の中に、○○ちゃんがいるんだよ。
○○ちゃんがお腹の中にいた時からね、
お母さんとっても幸せだったんだよ」
って言いたかったんです。
だからどうしても撮りたかったんです。
こうして自分が撮ってみて、
幸せそうなマタニティフォトをたくさん見かけるけれど、
それは結構一瞬のことで、
写真からでは伝わらない、
大変な妊娠だったり出産だったりを
きっと皆抱えているんだろうなと思いました。
ツワリで血まで吐いてたとか、
二回流産していたとか、
カフェで倒れて救急搬送されて生まれたとか、
いろんな話を聞きました。
新しい命というものは、結構な奇跡の中に成り立って、
この世に生まれてくるんだな。 さをり
つづく