旅に出ると、自分を客観視できる。
世界は広いのだと、改めて思い知る。
そして、悩んでいたことがばかげてちっぽけなことだったと気付く。

昨日と同じ自分だとは思えないくらい元気になった。

今回の一番の収穫は、自分の力で神戸まで行って帰ってきたということ。
バスや電車ではなく、自分で運転して行ったこと。
本来、お金の節約くらいの気持ちで車を選んだが、
結果的には高速代、ガソリン代、駐車場代、そしてなにより時間と労力を考えると
きっとバスの方がよっぽどリーズナブルで楽チンなのだけど
なにより、私は自力で神戸まで往復することができた、ということが
自己効力感を回復させるのに相当意味があったと思う。

過程に、いろんな気付きがあった。

中国自動車道も山陽自動車道も、関越自動車道に比べたら全然怖くない。
山陰道に毛が生えたようなもんだ。
神戸の町の混雑も、東京に比べたら全然怖くない。
なんだ、私、どこへでも行けるじゃん。というワクワク感。

いくらかかるかわからなくて怖かった駐車場代も、
工夫をすれば限りなく0に近づけられた。
街中で駐車場を見つけることも、ぐるぐる回ればなんとかなった。
なんだ、私、できるじゃん。

今までETCの方が簡易的だし安いしお得だと思っていたが
料金所のおじさんと会話を交わすことがこんなに温かい気持ちになるのだと初めて知った。
早朝や夜中の高速道路、人と話すこともなく黙々と運転している時に
「いくらですよ、はい、気をつけて行って来てね」
こういう会話を人と交わすことで、ふと口元が笑顔になって
また気持ちが新たになる。
人としゃべるから顔も少しよそ行きになるし、
こんな時間でも働いているその人に思いを馳せて、ありがたいなと思う。
人を感じることは、効率化とはまた別の次元にあることなのだと改めて気付いた。

今回の目的は、神戸に行って講演会を聞いて帰ってくる。
それだけだったはずなのに、
車で行ったからこそ
目的の講演会だけでなく、早めに行って大好きな人とランチが出来たり
カルディで最近お気に入りのパクチーラーメンを大量買いできたり
助産院で出産したばかりの大好きな後輩に会いに行って、
助産師さんに助産院を案内してもらえて人生について聞くことができたり
西明石のラーメン屋さんに寄って大好きなヨロン島のおじさんのソーキそばも食べられた。
目的以外の細やかなあれこれが組み込めたのもすべて、時間の制約がない車だからこそ。

なんだ、私、できるじゃん。
これを積み重ねていくことが本当に大切。

Expand the horizon
地平線を広げろ。

そしてまた、明日からこの町で生きていく。
可愛さ余って憎さ百倍。

心がざわついて仕方ない。
眠りにつくまでにどれだけ時間がかかったか。
そんなんどうでもいいや、と図太く生きられたらどれだけ楽だろう。

くやしいから
このざわつきの正体をあえて言語化してやろう。

信じていたのに、裏切られた?
違うな。別に終始一貫自己中心だった。
他に女がいたことがショック?
まあショックだけど、うんこだったというだけ。
楽しかった思い出がすべて虚構だった?
そうだ、それはショックだ。そこに目がくらんでいた自分を平手打ちしてやりたい。
あのときの決断を後悔している?
目がくらんでした決断。あの時の判断基準は小娘のようで浅はかだった。意味は後から創りだすもの。前に進むしかない。

でも、一番悲しいのは、自己肯定感の低い自分がまた顔を出して来たことだ。
「あんな男はくそだ」と言いながらも
人からこんなに心ない仕打ちをうける、こういう状態に陥ってしまう自分が
なんの価値のない人間のように思えて
惨めでちっぽけで、今まで一生懸命やってきたことさえも全て無意味に思えてくる。
それが悲しい。
少しずつ自尊感情の和紙を積み上げてきたのに、
やっぱりこういう出来事が起こると風船がしぼむように昔の自分に戻ってしまう。

人なんて信用できない。
信用できるのは自分だけだ。
だから、自分を強固にしていくしかない。
鎧を、鎧を。
またこの繰り返しだ。
自分を強固に、そして、愛情を憎しみに。
せっせせっせと積み上げて行く。
憎しみ、という感情がないとこの悲しさの行き場が無くてパンクしそうだ。

大好きな人との関係を、憎しみというかたちで終えるということ。
吐きそうだ。
そして、彼は本当にばかだと思う。
誰よりもお店のファンで、彼自身のファンだった人を
店に火をつけてやりたいくらい嫌いにさせた。
そういう関係の終わらせ方しかできない。
そんな人の店も、作る世界も、全く色褪せてくすんで見える。
今までの2年間も、くすんできた。
なにやってるんだろう。
自分のあほさ加減に涙が出る。
ならず者。ほんとにそうだね、お兄ちゃん。

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おいまた、ダイヤの輝きを求めてしまうのかい?
人生にはなんだってハートが一番なんだ。
今はキラキラしているように見えるものは
いつか必ずお前を傷つける。
せっかくいいカードがきているのに、
お前はいつも手に入らないものばっかり求めてしまうんだなあ。

意地をはるのはもうやめて、壁から降りて来たらどうだい?
そして、誰かに愛してもらうんだぞ。
お前にはそういう誰かが必要だよ。
手遅れになる前に、誰かに愛してもらうんだぞ。
育児がタスクのように見えた。
とてもショッキングだった出来事。

賢いお友達。キャリアウーマン。
外国で起業をしてバリバリ働いていた実績を持つ。
その子が結婚して、子どもができた。
産後は本当に身体的にも心理的にもきつくて、
旦那さんの育休と協力的な体制がとても助かったという。
今、話題のイクメンだ。
理想的な環境、だと思った。

自分だけで育児するのはきついから、旦那さんでもできるよう
ミルクは交代であげる。
おっぱいも全部あげるのはきついから、搾乳をして、他の人があげられるようにする。

地下の高い場所にそびえ立つ38階建てのマンション。
こんな場所に人が住めるんだ、とワクワクしながらお邪魔したおうち。
その中のリビングルームの真ん中にある、
大きなベビーベッドの真ん中に赤ちゃんはいた。
ベッドの脇には、クリップボードと共に
エクセルで作った育児の記録表がぶらさがっていた。
そこには、ミルクや授乳の記録が書かれていたが
数字だけが冷たく並んでいるように見えた。

げっぷの仕方。
おっぱいのあげ方。
一緒にやったけれど、思うようにはいかない。
当たり前だ、それが育児というもの。
おっぱいを試みるけど、乳頭混乱か上手に吸ってくれない。
そこで、ミルクを足す。
ある程度飲んで、もう飲まなくなったら5分くらいはゲップの体勢を取る。
それが終わったら、さっさとベビーベッドに戻す。
抱っこしてゆらゆらしながら過ごす——ことなく
授乳の時間が終われば仕事が終わったと言わんばかりに
ベビーベッドに戻される赤ちゃん。

1回の授乳にかかる所要時間を計算して、
これならだいたい何分で終わる。
タスクを終える。
業務、効率、分担、負担軽減。

満腹になったって、寝ない赤ちゃんだっている。
そういう時は、添い乳しながら一緒に寝たり、抱っこしてあげれば
赤ちゃんは安心してスーッと眠りにつくこともある。
そういう余地はない、数字だらけの育児。

あまりに自分の思っていた概念と違うものを目の当たりにして、唖然とした。
この子はきっと今まで、このようにサクサクとタスクをこなしてきたのだろう。
仕事は誰かに上手にふって、いかに効率よくことが進むかを、第一優先に考える。
仕事はできるかもしれないが、育児は仕事ではない。
タスクではなく、愛着行動を育む時間。
そんなこと、念頭にもないようなこなし方だった。
そりゃあ、楽しくないだろうな、育児。
負担だろうな。

妊娠して、子どもを持つことの本当の意味。
今まで来ていた鎧を脱いで、
生まれたままの姿に戻ることができる唯一の機会である妊娠、出産。
それが、根本から揺らいでいる。

タスクに追われるようなお母さんに
目をキラキラして楽しそうに育児をしてもらいたい。
そういう風になれるよう、妊娠中から少しずつ少しずつ変化してもらいたい。
でも、目の前にいるその子は、完全に違うかたちのお母さんになっていた。

「“お母さん”も、“奥さん”も、役割にすぎない。
私は結婚しようが、子どもを生もうが、自分自身以外の何者でもない」
その精神を、貫いたような育児スタイルだった。
その考え方は悪くないし、どちらかというと好きだ。
夫に依存して自分を持たない、ただの「お母さん」「奥さん」には、あまり興味がない。
母親になっても、自分を主語にして語れる場を持って欲しい。

でも、だ。
妊娠中や、産後の入院中に、もう少しだけ鎧を脱ぐことはできなかったのだろうか。
一時的でも良いから、もっとふんわりして
おおらかに育児ができたらとても良い。
こういう育児のもとに育った子は、どういう大人に育つのだろう。

ワーキングマザーを支えたいと思ったけど
こういうママに、私は一体何ができるのだろう。
いろんなママのカタチがある。
都会に住むバリバリ働くママたち。
産後クライシスに陥る社会の一端を見た気がした。
大好きなおばちゃん(祖母の姉)が亡くなった。

御年89歳。
大往生だ。
夜勤明けで駆けつけて告別式に参加できて、本当によかった。
大好きなおばちゃんの冷たい頬。
死化粧をしてお花に囲まれて棺に入っている姿を見ると、
ああ、もう二度とおばちゃんとお話できないんだと思うと悲しくて涙が出た。
でも、ふと遺影を見ると、
痩せ細る前のふっくらした頬をしたニコニコ笑顔のおばちゃんがいて
悲しみよりも、楽しかったおばちゃんとの思い出が蘇って来て笑顔になれた。

「ちゃおりちゃん」という甲高い声が、今にも聞こえてくるようだ。
親戚の少ない私たち家族が、
唯一小さい頃から何度も遊びに行かせてもらっていた大好きな横浜のお家。
お料理が大好きで、おばちゃん自身はそんなに食べないのに
ズボンのボタンを緩めないと苦しいほど
沢山おいしいものをご馳走してくれた。
満腹でも、「アイスもあるよ!」と必ず薦めてくれて、
冷凍庫に山ほどストックしてあるバニラアイスを
みんなでコーンに盛りながら食べたものだ。
おじちゃんが育てた果実や野菜やお花に溢れたお庭で
キウイや柿やプラムやブルーベリー
色んな季節の果物を収穫させてもらいに行った。
毎年恒例のキウイの収穫も、
だんだん友達と遊ぶ方が楽しく感じたり
土日も部活や仕事があったりしてなかなか参加できなくなっていった。
それでも、実家に帰ればおばちゃんとおじちゃんの丹精込めて作った果物が届いていて
田舎を持たない私にとって季節を感じる大切な時間だった。

様態が悪くなって来て
おじちゃんもおばちゃんも施設や病院に行ったり来たりするようになり
あの横浜のお家は、半年前からもう誰も住んでいない。
昨年、病院にお見舞いに行ったとき
あんなにふっくらしていたおばちゃんが
痩けた頬をして小さく座っている後ろ姿を見たとき
「死」を感じた。
怖かった。

鳥取に住んでいるから、帰ったときには顔を見にいかないと。
焦る気持ちと共に、少しずつ、自分の中でこころの準備をし始めたように思う。
痩せ細っても、おばちゃんはいつも笑顔で迎えてくれて
会いにいくと本当に喜んでくれた。
鳥取にいるから、遠くにいるからこそ、
会える時に会わないと、と思ってなるべく会いに行くようにしていたことが
結果的には良かったと思う。

遺影の笑顔のおばちゃんと、綺麗にお化粧した最期のおばちゃん。
その姿を見て、毎日出会う、生まれてくる赤ちゃんを思った。
いのちは、継がれて行く。
輪廻転生。
ライフステージが変わって、これからこういう場面に沢山遭うことになるのだろう。
結婚式で駆けつけるのとは違う、悲しい帰省。
でも、それが生きていくということなのだと思った。

後悔しないように、今を大切にしなければ。
毎日は会えなくても、会えている「今」を一生懸命過ごす。
伝えたいことばは、しっかりと伝える。
おばちゃんがいなくなっても、おばちゃんのことは忘れない。
みんなでご飯を食べておいしいね、と言う。
その度に、私はおばちゃんの嬉しそうな笑顔を思い出す。
赤ちゃんが元気な産声をあげる。
その度に、私はおばちゃんの甲高い優しい声を思い出すよ。

心から、冥福をお祈りします。


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本当に大事なものは
隠れて見えない。
ささやかすぎる日々の中に
かけがえない喜びがある。

いつかは誰でもこの星にさよならをする時がくるけれど
いのちは継がれていく。
生まれてきたこと、育ててもらえたこと
出会ったこと、笑ったこと
そのすべてにありがとう。

「いのちの歌」
お金はそんなに沢山は必要ない。

田舎に移り住んで、毎日の生活で使うお金は大分少なくなった。
車社会なので、まず外で居酒屋で飲む機会がぐんと減ったこと。
仕事帰りにぷらっと寄るお店がないから、
春物のコートを衝動買いすることもなくなったし
町に出る時は、これを買おう、と意気込んで下調べしてから買うようになった。
ピンポイントで欲しいものはネットで買えるし
無駄な買物は激減した。

でも、東京に帰省するときに、夜行バスではなく飛行機で帰るためのお金は欲しい、と思う。
学生の頃は夜行バスで12時間かけて帰っていた。
片道11000円。
一晩バスの中でさえ過ごせば朝には東京に着いている。
時間もお金も有効活用で、何の不満もなかった。

しかし、働きだして自由な時間がぐんと減った今
俄然、飛行機で帰りたいと思う。
片道1時間と少し。
鳥取空港まで車で行く40分を足しても
あっという間にたどり着ける。
時間をお金で買うとはこのことだ。
片道16000円。
値段は1.5倍に跳ね上がるが、早めに予約すればリーズナブルに手に入るし
俄然、飛行機。
そう思っていた。

でも、親戚の急な不幸があって、急遽明日東京に帰ることにした。
急いで飛行機を調べたら、
片道33000円。
唖然。
高すぎるだろう。
それでも、お世話になったおばちゃんとの最後のお別れ。
仕事を早引きしてでも参列できるなら、背に腹は代えられない。
ここはケチるところではない。
だから、行くことにした。

往復はきついので、帰りは新宿かどこかの金券ショップで株主優待券を手に入れて、
片道20000円程度で帰れるよう手配してみようと思う。
金券ショップは、私の住む町にはない。

何が言いたかったかというと
こういう非常事態にお金がないから機会を諦めるということは絶対したくないと思ったことと
同時に、それにしても、代償が大きすぎるということ。
そして、鳥取は思った以上に遠いと改めて思ったこと。
これだから田舎は、と思ってしまう自分がいたということだ。
けちらず行く自分ではありたいけど、ガラ空きの飛行機の空席を
むしろ買ってあげるぐらいな気持ちなのに
普段の倍も払って買う意味がわからない。
汗水たらして働いたお金は
こんなことに使うためじゃあないはずなのに。

私が年を取る以上、親も老いている。
おばあちゃんだって然り。
これから、結婚式の嬉しい帰省だけでなく、こういう帰省が多くなるのだろう。
そういうライフステージになってきたのだ。

そして、こういうことは、得てして突然起こる。
そのときに、気持ち的ダメージ、仕事を工面してもらう労力、に加え
さらに往復70000円の金銭的ダメージは相当でかい。

株主優待券を常備しておく、という小さな解決策と共に
こういうお金はけちらず払いたいから払うけど、
現状がこうである限り、都会から田舎に移り住む人のハードルは高いままなのだと思った。
自分がここに居続けることへの不安も煽られた。
親が具合悪くなったら、どうすんだ、一体。
いろんな意味で、へこむ。
iPhoneを機種変更したら、LINEの履歴がすべて消えた。
ドコモショップのおじさんは、あまりアップルのことがわからないようだった。
わからない中、他社製品のことまで一生懸命調べてやってくれていたのはわかるけど
新しいiPhoneには残らずとも、前の携帯には残る、ような話だったのに
跡形も無く消え去った。

心づもりもなくLINEの履歴が消えてしまった事実を目の当たりにした私は、
あっという間に3年間の思い出が空白になってしまったような気持ちになって
ものすごく悲しくてブワッと感情がこみ上げてきてしまった。
その感情の行き先は、とりあえず、目の前にいるそのおじさん。
だって、私は別に今日でなくたって、もう少し調べてまた出直してもよかったのに。
今日は時間がないけど、別日に改めてゆっくりアップルの人に尋ねたって良かったのに。
大丈夫って、言ったくせに、嘘つき!
悲しくて涙が出そうになったけど
さすがにそれは堪えて、
「話が違う。どこにも残らないことをハッキリ言って欲しかったです」と
少し涙目にムッとした顔で捨て台詞を残して帰って来た。
計5時間、私につきあってくれて「ありがとう」の思いもすごくあったけど、そのときはどうしても言えなかった。

家に帰ってから、悲しくて泣いて暴れていた。
餅は餅屋。
わからないなら、早く手放してアップルのよく分かる人に選手交代すれば良いのに。
田舎は、人材がいないから、こうして質の低い人がネット片手になんとか対応している。
私はこうはなりたくない。質の高い人にならなければ。
というか、こんなレベルの低い人しかいない町にいて良いのか?
話がどんどん派生していく。
あれもこれも、全部悲しい。
ドコモショップでタイヤに釘が刺さって買ったばかりのスタッドレスタイヤがパンクしたことも悲しい。そんなことなら安いタイヤを買えばよかった。てか、いつ刺さったんだ?どうやったら防げる?東京で釘刺さるなんてシチュエーションあんまりないよな。
…10分くらい泣き叫んでいたら、だんだん冷静になってきた。

そもそも、消えたLINEの履歴はそんなに大切なものだったのか?

メールと違って、流れて行く会話。
大好きな人とのLINEは、断捨離のためにもう消去した。
あとは、大好きなお友達との思い出。
たしかに悲しい。
でも、それくらい。
あとのものは、別に流れて去って行くことばたち。
流れゆくものは、拾い集めて、もう自分のものになっているはず。
大好きなお友達との思い出も、心にしっかり残っている。

そう考えると、スマートフォンに残しているデータ達がすべてたいしたことでないように思えてきた。
写真も気軽に取るけど、そこまで思い入れのあるものは少ない、安いものだ。
なくなると思うと執着するけど、なくなってみると案外たいしたことない。
自分の今、は今この瞬間しかなくて、それは、写真に残してもLINEに乗せても絶対に色あせる。
そんな色あせたデータは、残しておく必要もない。

すげえイラッとして当たり散らしたけど、
よく考えたら良い断捨離の機会だった。
LINEなんて、くそくらえだ。
SNSだって似たようなもん。
残したいものは、残る「カタチ」を考えて、ていねいに取捨選択していく。
おじさん、八つ当たりしてごめんなさい。そしてありがとう。
でも、田舎にいても私はプロフェッショナルを目指すよ。
決意を新たに、アイフォン6sデビュー。
ゲンキンなものだ。
自分が、ものすごく冷酷になる瞬間がある。
聞こえているのに聞こえていないフリをしたり、
視界に入っているのにまるで存在を消すかのように眺めてみたり平気でする。
そこでふっと理性が働いて、我に返って
取り繕うように、笑顔を見せる。

なかば無意識に突然現れる、冷たい私。
自分でもよくわからないもう1人の自分。

小学生の頃、私はひどいことをしたことがある。
その時にも、冷酷なもう1人の私が顔を出していたと思う。
貧乏で、いつも同じ服を着ていた男の子に、ものすごく意地悪なことを言った。
その光景を、今でもよく覚えている。
放課後の掃除の時間。
掃除用具入れの前で、私はほうきを持っていて、
そのほうきの柄で、彼をつっつきながら、なんだか忘れたけど
とてもひどい言葉でその子を罵った。
その時に、その子がものすごく強く私を睨みつけた目が、今でも忘れられない。
憎しみ、だった。

別に、その子がいじめられっこだったわけでも、私がいじめっこだったわけでもない。
特段、その時以外に彼と話した記憶もない。
けど、そのとき、私はものすごく意地悪で、
とにかくなぜか上の立場に立ち、その彼にとにかく罵声を浴びせたい衝動に駆られたのだ。

小学校何年生の時か、もう覚えていない。
卒業してからも一度も会っていないし、彼がその後どうしているのかも知らない。
ただ、その光景だけが、時々脳裏に蘇ってくる。
時は止まっていて
私とその男の子の様子を、客観的に眺めている私がいる。
そして、口に苦い味だけが残る。
メガネを作った。
高い買物だ。
東京のように、沢山の選択肢はない。
でも、このお店に行けば素敵なものがあるに違いない。
現に、あった。
探せば探すだけ選択肢があるのも素敵だけど
数ある中から、目利きのこの人が厳選したこのラインナップの中から
自分が一番気に入ったものを選べば
きっと、それはそこいらのお店を何軒も探すよりイカしたメガネなのだろう。
見慣れないメガネをかけると、まだその姿に慣れなくて、なんだか照れくさい。
似合っているのだろうか?変じゃないかしら?
どきどき。
でも、あの人がいいって言ってくれたのだから、きっと似合っているのだろう。
そう人に思わせる。
それが、プロフェッショナルというものなのか。

お見合いも、こういう類いなのだろう。
仲人さんが自分に合うと選んでくれた相手。
それは、下手な鉄砲数打ちゃ当たるで、むやみやたらに合コンに行くよりも
ずっと効率的で、安心感がある。
自分だけの主観的な視点だけでない客観的な視点も、
信頼できる人からの意見ならば、素直に受け入れられるものだ。

本の目利きの人から選んでもらった本。
私に宛てたメッセージ、エールをしかと受け取った。
うれしくて、ほくほくした。
趣味嗜好の世界だから、好き嫌いはある。
現に、あなたに是非、とプレゼントされたけど、全くページが進まなかった本もある。
なんだか申し訳なくて、その人とちょっと疎遠になってしまった。
絶賛してオススメされた本がめちゃくちゃつまらなくて
その人に幻滅してしまったこともある。
人に何かを薦めるって、ちょっと勇気がいる。
信頼関係がゆらぐから。
でも、自信をもって、相手に自分の感性を提示するって、すごくカッコイイ。
しかも、そこがうまくフィットした時は、本当に気持ちがいい。

音楽の目利き
本の目利き
メガネの目利き
民芸の目利き
私の周りには、いろんな目が利いている。
当て逃げをされた。

自分の経験を伝えて「あげたい」。おそらくその想いからだろう。
私の職業に、きっと役立つから。
こんな想いをした自分の経験を、自分だけに留めておくのは勿体ない。
その陰と陽、両方をぶつけられた。
いや、ぶつけて「もらった」。

私だから、言ってくれた。それは、この職業だから。
他の人に言えないことも、あなたにだけには言える。
そういう場面が、最近増えて来た。
先日、友人から初めて心の中の想いを伝えてもらったときは、
「私に話してくれてありがとう」と心から思った。
この職業になってよかった、と思った。
友人の役に立てたことが、嬉しかった。

でも、当て逃げは違う。
何が違うのだろうか?
それはきっと、あなたにだから話した、と口では言っているけれど
私でなくてもきっと誰でも良かったからだと思う。
たまたまそこに、その職業を持った私がいた。
誰にも言えない感情を、ぶつける場所が見つかった。
そこに向けて、「教えてあげる」という大義名分のもと
思いっきり気持ちを解放したのだ。
だって、私はあなたの経験、肥やしになるこんな貴重なことを
「教えてあげて」いるのだから。
職業と、感情を持つ私というふたつの立場の狭間に立ち、
私はとても苦しくなる。

相手の話を本気で聞くということは、骨が折れる作業だ。
適当に話半分で聞くのとは訳が違う。
相手の気持ちに、深く深くダイブしていく。
追随体験する。
それは、話を聞いているその時だけでなくて、後にまで尾を引く。
終わってからも、そのことが気になって引きずる。
それくらい、大仰なことなのだ。

大切な友だちだったら、そんなことは厭わない。
仕事上のことだったら、ある意味仕事と割り切って振る舞うことができる。

でも、突然一方的に長いメールという形で思いをつきつけられた時。
私はどう振る舞えばいいのかわからなくなってしまう。
一生懸命考えて、頭を悩ませて、ようやく返したメールに、返事はなかった。
そして、今回、同じことをまた繰り返して来る。
行き場のない感情を、ぶつけてしまえばスッキリして、
それはもうなかったことのようになっている。

私の気持ちを、考えたことがあるのだろうか。
私の、尾を引いて引きずった苦しい時間は、どこにいったと思うのか。
憤りが隠せない。

友だちだったら許されるのか?
友だち?
前から色々相談に乗っていた訳でもなく、
突然自分の思いをぶつけてスッキリするのが友だち?
勘弁してほしい。

適当に受け流してしまえばいいのかもしれない。
こんなややこしいことを考えずに、全て受け止めるであろう先輩もいる。
器の大きさかもしれないが、アサーティブであることも健康であるために必要だ。

私は、当て逃げをされて、深く傷ついている。
今は、この感情を大切にしたい。
感動した。
人を尊敬するって、こういうことを言うのだろうか。

喉のへんがグーッと苦しくなって、目を見開きたくなって
つばをゴクリと飲み込む。

私は今、すごい経験をしている。
こんなにすごい人が世の中にいるんだ。
こんな人と一緒に働けるなんて、ものすごく貴重。

そのときの私の頭の中。
嬉しくて、ワクワクしてぐおーと涌き上がる気持ちと同時に
この人に、私は一体いつまで習えるのだろうか、という
とても強い喪失感と虚無感。

私って、いつもそう。
今ある幸せを素直に喜べずに、
こんなに貴重で幸せな「今」がなんだか信じられなくて
すぐになくなった時を想像して憂う。
悲しくて仕方なくなる。

「幸せ慣れしていないんだよ」と人に言われたけど
そうなのかもしれない。

なくなった時の準備をしておくことで、
なくなった時のダメージを最小限に抑えられるように予防線を張っている。
自己防衛本能が無意識に働いている。

余計なことを考えず、とりあえず「今」だ。
この人から学べることを、とにかくいくらでも吸収する。

私にできるのだろうか?
とにかく、胸を借りて、自分に今できることをしていく。