インターネットと電気をセットで契約してしまうと、万が一のトラブルで通信も電力も「同時にすべて止められてしまう」という致命的なリスクが発生します。

インターネットと電力と一緒にすると、同時に切る事が出来てしまうのです。

 

巨大企業による「囲い込み」「ネズミ講のような仕組み」これらを一つにまとめることは、自らの生殺与奪の権力を相手に完全に明け渡すようなものです。

ポーンポーンポーン
 

彼らにとっては、国民をより強力に従わせるための都合の良いシステムに他なりません。

この「同時に切られてしまうリスク」から身を守るためには、「防衛策」が非常に重要になります。

 

インフラの分散(セットにしない): ネットと電気は絶対に同じ会社でまとめず、完全にバラバラに契約して、片方が止まっても片方は生き残るようにリスクを分ける。

 

相手のセールスを完全無視: 「安くなる」「お得になる」という法律ギリギリの図々しい誘い文句には一切耳を貸さず、最初から相手にしない。彼らの作った罠に引っかからないためにも、「相手にしない」という正しい姿勢をぜひ貫いてください。

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インフラの分散セットにしてしまった場合は、また元に戻す。 

一度セットにしてしまった契約をバラバラに離し、元の状態に戻すことは、ご自身の生活の主導権と安全を取り戻すために非常に賢明で強力な防衛策です。

 

新しい「別の電力会社」と契約する 現在のセット契約から電気だけを切り離すために、別の電力会社(地域の元々の電力会社や、信頼できる別の新電力など)に申し込みを行います。 手続きはネットや書面で完了: 新しい会社に申し込むだけで、今のセット契約の電気部分は自動的に解約されます。今の会社にわざわざ解約の連絡を入れる必要はありません。

 

解約金(違約金)のルールに注意する

法律ギリギリの図々しい仕組みを敷いている会社の場合、途中で解約すると「違約金」や「解約手数料」を請求してくるケースがあります。 事前の確認: 契約書やマイページで、解約時にいくらかかるのか(あるいは更新月で0円になるのか)を事前に確認しておくと、無駄なお金を支払わずに済みます。
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国が作った独占的なインフラは、「水は元々は人類みんなの共有財産」

 

国が独占して国民に勝手に従わせ。すべての家庭が中央集権的な送電網やインフラに繋がることを前提とした都市づくりが進められました

 

「水は元々は人類みんなの共有財産」で、エネルギーの主導権が国や巨大企業に握られている歴史的に見ても、エネルギーやインフラの主導権が中央(国家や巨大企業)に集中してきた経緯には、「共有財産の独占」という側面が存在します。

 

この構造はメリットとデメリットの双方を生み出し、現代の新たな対立軸へとつながっています。中央集権型インフラの歴史的背景と大義名分近代国家や巨大企業が送電網などのインフラを独占・集中管理した背景には、主に以下のような大義名分(合理性)がありました。

 

規模の経済(コスト削減): 巨大な発電所や網の目の切れない送電網を1つ作る方が、個人がバラバラにインフラを持つより1軒あたりのコストが劇的に安くなりました。

安定供給(公共の利益): 24時間35用、いつでも電気が途切れない仕組みを作るため、国家が土地や資源(共有財産)を強制的に徴用し、強力な統制下で管理しました。

 
 

公平な普及: すべての家庭を中央のネットワークにつなぐ(ユニバーサルサービス)ことで、地方や貧困層にもインフラを届ける都市づくりが進められました。

 

 

「共有財産の独占」がもたらした弊害

「本来人類のもの」であったエネルギー源

水が独占されたことで、大きな歪みが生じました。

 

選択権の喪失: すべての家庭がインフラに依存する前提で都市が設計されたため、市民は「中央のルールに従って、言われた料金を払う」以外の選択肢を実質的に失いました。

 

主導権の偏り: エネルギーの価格決定権、供給の停止権、そして莫大な利益が、国や一部の巨大インフラ企業に集中しました。

 

環境とコミュニティの破壊: 巨大インフラの建設(ダム、大規模火力、原子力など)により、地域の共有地(コモンズ)や自然環境が国家主権の名のもとに犠牲になりました。

 
 

みんなの共有財産の独占は【水・タバコ・お酒】など明治に始まりました。

 

現代のような国による専売制(明治以降)になる前だったため、民間のお店が自由に製造して販売していました。当時は紙巻きたばこではなく、キセルに詰めて吸う「細刻みたばこ」が主流でした。

 

江戸の中期(17世紀後半)になると、町中にたばこを専門に扱う店舗が登場しました。

 

「かかぁ巻き ととぅ切り」の家族経営:当時のたばこ屋は家族営みが基本でした。お店の奥で、奥さんが葉たばこを丸める下準備(かかぁ巻き)をし、主人が専用の包丁で髪の毛ほどの細さに刻む(ととぅ切り)というスタイルで、出来たてをその場で販売していました。

 

天秤棒で売り歩く「行商人(棒手振り)」江戸の街には、商品を担いで移動する「棒手振り(ぼてふり)」と呼ばれる行商人がたくさんいました。たばこも例外ではなく、箱やカゴに刻みたばこを詰めて、住宅街や盛り場を売り歩いていました。

 

現代の喫煙所に近い「一服一銭(いっぷくいっせん)」たばこが普及し始めた初期や、お祭りなどの盛り場には、「一服一銭」という露店(路上ビジネス)がありました。

 

これは「一銭払えば、その場でキセルにたばこを詰めて一服吸わせてくれる」という、現代の有料喫煙所のようなシステムです。旅人や、ちょっと出先で吸いたい庶民に大人気でした。

 
 

戦争の資金集めと国の財政を立て直すために、国が法律で製造・販売の権利を独占

江戸時代までは誰もが自由に栽培・販売できましたが、明治時代に入ると国(明治政府)によって段階的に規制され、最終的に個人が自由に作って売ることはできなくなりました。

 

明治時代、国を強くして外国に対抗するためには莫大なお金(財政資金)が必要でした。

さらに、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争という大きな戦争が重なり

政府はとにかく大量の戦費を集める必要に迫られました。

 

そこで目をつけられたのが

当時すでに多くの国民が愛好していた「たばこ」です。

「これを国が独占して売れば、確実に大金(税金)が手に入る」と政府は考えました。

 

 

たばこ税の導入(1876年〜)最初は自由に作らせる代わりに、税金を払わせる仕組みにしました。しかし、脱税する人が多く、うまくお金が集まりませんでした。

 

葉っぱだけ国が買い取る(1898年〜:葉煙草専売法)農家が育てた「生葉」をすべて国が一度買い取るシステムにしました。これを民間のメーカーに払い下げて作らせていましたが、これでもまだ偽物や密造が横行しました。

 

栽培から販売まで完全国営化(1904年〜:煙草専売法)日露戦争の戦費調達のため、ついに「たばこの製造も販売も、すべて国(大蔵省専売局)が行う」という完全な専売制になりました。これにより、国が許可した農家以外は、個人でたばこを育てることも、自分で刻んで吸うことも完全に禁止されました。

 

「奪われた」と感じた当時の人々

この法律により、それまですごい技術でたばこを刻んでいた民間の「刻みたばこ職人」や販売店は、すべて廃業するか国の工場で働くしかなくなりました。

 

農家も、国が決めたエリアで、国の許可(免許)をもらわないと1株も栽培できなくなったため、当時は強い反発や不満の声も多く上がりました。

 

この「国が独占する仕組み」は、明治から昭和、そして1985年に「日本たばこ産業(JT)」として民営化されるまで、約80年間も続くことになります。

 

国が国民の楽しみを奪って独占をして儲ける仕組み

 

全国にいた何万人ものたばこ職人や、小規模な製造販売元は一斉に商売を禁止されました。技術の途絶:国営の工場に雇われて機械のオペレーターになった職人もいましたが、手作業で極限まで細く刻むという「江戸の伝統技術」の多くは、この時に急速に失われてしまいました。

 

🌾 農家も「国の監視下」に

農家も自由に品種を選んだり、自分で吸うために少しだけ庭で育てることすら違法(密造)になりました。国が指定したエリア(煙草耕作区域)以外での栽培は一切禁止。収穫した葉は、傷モノも含めてすべて国が定めた安い公定価格で強制的に買い取られる仕組みになりました。

 
💰 結果として「巨大な国庫」になった
国がそこまでして強引に個人の商売を奪った結果、政府の狙い通りたばこは莫大な利益を生み出しました。日露戦争の時には、なんと国家財政(歳入)の約1割〜2割近くをたばこの利益(専売収入)だけで賄うほどになり、国の戦争遂行や近代化を支える最大の財源となったのです。
 
🚨 密造を暴く「タバコ警察」の横行国が商売を独占したため、庭で1株でもタバコを育てたり、こっそり刻んで吸ったりする行為はすべて「犯罪(密造罪)」になりました。
 
家宅捜索と密告の推奨:政府は全国に専売局の監視員(いわばタバコ警察)を配備し、農家や民家に突然押し入って物置をひっくり返すような捜索を容赦なく行いました。
 
高額な罰金:見つかった場合は、タバコの価格の何十倍ものすさまじい罰金が科され、全財産を失う民間人も後を絶ちませんでした。
 
💰 職人を買い叩いた「雀の涙」の補償国は一応、商売を奪った職人やメーカーに対して「営業補償金」を支払いました。しかし、その金額はあまりにも安すぎる「雀の涙」だったと言われています。長年培ったブランドや技術の価値は完全に無視され、多くの職人が路頭に迷うことになりました。結果、生きるために国営の工場で「ただの機械のボタン押し係」として安月給で働く道を選ばざるを得なかった職人も大勢いました。
 

🌾 1. 庶民の日常だった「どぶろく」

 

明治になるまで、日本中の農家や一般の家庭では、お米から「どぶろく(濁酒)」という白く濁ったお酒を自分で作って飲むのが当たり前でした。お祭り、お正月、日々の農作業の疲れを癒やすためなど、どぶろくは庶民の生活や信仰に無くてはならない「生きがい」だったのです。
 

「自分で作るな!店で買え!」の法律

(1899年)日清戦争などでとにかくお金が欲しかった明治政府は、1899年(明治32年)に「自家用濁酒製造禁止」、つまり家でお酒を作ることを完全に法律で禁止しました。

 

理由はシンプルです。

 

「みんなが家でタダでお酒を作って飲んでいたら、お酒に高い税金をかけても誰も買ってくれない。

だから自分で作るのを犯罪にして

税金が含まれた店のお酒を強制的に買わせよう」という、極めて図々しい作戦でした。

 
我々が生まれる前から、独占して儲かる仕組み
 
国が権力を使い、みんなの共有財産
【水・タバコ・お酒】
 
国民の知恵や楽しみを単に強制し奪ってしまっていたのです
ネズミ講ギリギリは日本政府が大好き♡なのです
 
その中でも代表的なのが、電話・インターネット・電力
 
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