文章をあれするための、あれ。 -30ページ目

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

朝早く起きれたときって、なんか良い一日が始まりそうな気がするね。
気がするじゃなくて、良い一日になるんです。

私はね、朝早く起きて朝日を浴びながら外を歩くとね、
道端で食べ物に出会うんです。

photo:01



ほら。野菜だよ。

photo:02



ほら。ごぼう、ですよ。

私はこぼうを見逃さずにはいられないんです。

例え、横の車の中からおじいさんがこっちを見てきていても、私はごぼうへの興味を抑えられない。

もしごぼうに近づくことによりおじいさんに撃ち殺されたら、、と頭の中では恐怖もありつつもやはり好奇心は抑えられない。写メを撮りたい。

ごぼうに近づく私。
こっちをみるおじいさん。
携帯をとりだす私。
もっとみてくるおじいさん。
カメラを起動させる私。
自転車でごぼうの横を颯爽と駆け抜けるおばさん。
おじいさん。
私。
ごぼう。ごぼう。
ビニールの中に入ったごぼう。
しかも折れてしまっている。

もしや、、これはごぼう傷害事件現場なのではないのか。
おじいさんは自身の不注意により、車でごぼうを轢いてしまった。
しかし善に生きるおじいさん、すぐさま携帯(らくらくフォン)で自首します。
そしてちょうど現場検証が行われるのを待っているところだったのではないか!?

私はそんなものを撮影して、ただの野次馬だ。

私は、他人のことは本当にどうでもいいのです。
ただ自分が楽しければ、いいのです。

こんな妄想を繰り広げてとっても楽しい一日でした。


ついこないだ19歳になり、大人になるってどんなことだろうと考えてみました。


お酒が飲める、選挙権をもらえる、誰かを養うなどいろいろ、本当にまぁいろいろあるでしょう。




いろいろあるんですけどね、ふっと思いついたのはこれでした。


大人になるってことはエスカレーターにうまく乗れるってことではないのか。




まぁね、これを思いついたのはまさしくHEPのエスカレーターに乗っていたときなのですがね。


まぁね、乗ってたからですよね。それだけです。






でも、本当に私は小さいころ、エスカレーターに乗るタイミングがつかめなかったのです。




もし、あの段と段の間に足を置いてしまったら、あとでガクンってなる!こわい!こわい!




ってやたらと怯えていました。




同じように、大縄跳びも出来ませんでした。入るのがすごく嫌いでした。


縄が体に当たったら痛いやろなってそんなことばっかり考えて、入るタイミングがつかめなかったんです。






実際はエスカレーターで足ガクンってなったって、縄が体に当たったって大したことはないのに、


必要以上に痛い目に合うのを恐れていました。いろんなことに対して。




でも、大縄跳びは今では好きです。入るタイミングもちょっとはわかってきたし、


何より縄があたっても、まぁいいや!死にやせん!という心持ちがあります。




もう怯えてないぞ~。大人になったぞ~。










いつも、不安と恐怖を抱えながら少しの勇気を振り絞って「やるしかない!」という時を超えて、


少しずつ成長するんですね。振り返ったら、そんなに怯えることじゃなかったりします。






今はスマートに足をすっと出せますよエスカレーター、


でも半年に1度は足ガクンってなって心臓とまりそうになっています。










(一見関係がなさそうなことを引き合わせてエッセイを書けというのを本で読んだので書いてみました。)






ちょっと気分が乗らない時にやったら
テンションが上がるのはワープですね。

ワープ出来るんよ簡単に。本当に。

まず、歩きます。リズムを持って。
そして、目をつぶります。(この間ももちろん歩く。)
最後に目を開けます。
すると本当にワープした気分になります。

ここで一番重要なことは、
目をつぶっているときも前と同じリズムで歩くこと。
しかし、歩幅を広くすること!!!
歩幅も一緒やったらワープした気分にはなりません。

矢沢あい作の「ご近所物語」を読んで私はこのワープ法を思いつきました。

以上です
photo:01




なんかさ、いろいろ書きたいことあったつもりやねんけど、
いざつくったら忘れちゃうものなのね。

ってことで、留学中に考えてた変なことを書いてみよう。

なんか、言葉がわかっていくのって全体から部分へ。じゃないですか。

ふんでもし、言葉がなくて、気持ちを表現するのが、スニーカーだったとしたらの話。

どうやって、このスニーカーやった、この人は喜んでるとかわかるのか。

それがわかるのは最初はスニーカーを見るだけじゃなくて、履いてる人の表情で、
色んなスニーカーと
その人の表情を見比べてるうちにわかる。

そこから黄色靴はハッピーで、
青い靴はアンハッピーて、わかるのねー。

そこで、昨日も今日も彼は青い靴をはいているけど、
今日のほうがずいぶん落ち込んでる
ってときに、
昨日と今日の靴の違いを探す。
昨日は靴紐ちょうちょ結びやったけど今日はほどけてる!
てことは、ほどけた靴紐イコールとても って意味かな て気づく。

こんなふうに、水色でも靴紐の色が違ったり、水玉模様やったり、
靴から羽はえてたり、そんなんで部分がつくられてるのかなーって。おもってた。

とりあえず自分でもわけわからんけど、
留学中はこんなこと考えるくらい暇やったわけね。




iPhoneからの投稿
アメブロはじめちゃった。

なにをかくかというとね、
まぁいろいろ気づいたことについて、
しょうもないことでも語ろう、というあれです。

自己満足だね。そうですの。[みんな:01]