私は湯船に浸かることがとても好きです。
というより、数日間湯船に浸からないでいると、身体がキシキシしてきてどうもだめになってしまうのです。
お風呂掃除をするとともに、そのひ1日の嫌なことを洗い流し、
湯船に浸かることで癒されるのです。
明日へ続く華やかな道がここでつくられます。
そして最近私は読書にはまっています。
書店でアルバイトを始めたというのもあり、
以前より本を読むようになりました。
(そのほとんどを図書館で借りてることは店長には内緒です)
そして私はこの趣味を湯船タイムにも持ち込み始めました。
以前はジップロックにiPhone入れて湯船に浸かりながらいじっていたおキャンな私でしたが、
そんなのもう卒業です。卒業ジャイ!
図書館で借りた本をお風呂に持ちこむのは悪なので、
家にあった古めの本を読んでいます。
以前は東野圭吾「秘密」で、今はこれまた東野圭吾で「容疑者Xの献身」
偶然にも、東野圭吾続きなのです。
これは、実にめでたいことなのでしょう。
なので私は湯船タイムの読書は東野圭吾にしようと決めました。
この決定に私はすごく誇りを持っています。
この決定により人生がきらめいた気がしました。
この決定は私の宝です。
「お風呂でミステリー読むなんて、長風呂してしまい、のぼせる原因なんじゃないか!」
なんて、中年のおじさんに野次を飛ばされるのはシミュレーション済みです。私は、このシミュレーションをするたびに、確かにそうだなぁと思います。
でも、この決定は私の宝なのです。簡単には変えません。
決まった場所でのみ読む、ということで、
毎晩浴室が本の世界で埋め尽くされるのがとても好きです。
他で読むより入り込める、絶対そうです。
東野圭吾の小説は想像しやすい、というのもあるでしょうね。
そんなことは良いのですがね。
ポイポイぽいぽポイポイポピー
本題です。
悩みがあります。
その、、尿、に関することなのですが、、。
尿意、に関することなのですが、、。
その、、、身体を洗い終えて、湯船に浸かり本を読み出して
そうですねぇ~、、
1分後くらいにすごく、、
その、、尿意を催すんです、、。お恥ずかしい話ですが、、。
尿意に気を取られ本に集中できなくなって仕方が無いから、
お風呂をいったんでて、全裸でトイレに行き、もろもろすませて
帰ってくるわけですがね、
途切れるんですよ、リズムが。
とてもイライラしますね!とてもイライラしますね!
ですからね!今日はね!
お風呂入る前からちゃーんと着衣でおトイレをすませて
んもうそりゃもう万端ですよ、
湯船圭吾に向けて万端で浴室に入って
シャンプーしてもろもろもろもろもろで!で!
湯船タイムなわけですよ!
本をとって、読むのですよ!
尿意はないですよ!行ったもの!!なにせ行ったもの!
素晴らしく集中して本を読めたわけですよ!!
でも!!でも!でも!
10分ほどしたら尿意がくるわけですよ!!
気のせいかと思いますよ!気のせいじゃないです!
1秒ごとに尿意が増すのです!
でもまだ続き読みたい!尿意!読みたい!尿意!尿意!
で、出るわけですよ。
そこで湯船タイム終わりですよ。
私の尿意のおおさは何なのだ!!!!
尿意についてこんなにずっと書いていたらまた少し尿意がきたよ!!こわいこわい。
そういえば私が小さい頃、尿が出てこない時に、出てくるようにするおまじないは
おしっこおしっこおしっこおしっこおしっこおしっこ.......
と出るまでひたすら唱えるものでした。
朝早く起きれたときって、なんか良い一日が始まりそうな気がするね。
気がするじゃなくて、良い一日になるんです。
私はね、朝早く起きて朝日を浴びながら外を歩くとね、
道端で食べ物に出会うんです。
ほら。野菜だよ。
ほら。ごぼう、ですよ。
私はこぼうを見逃さずにはいられないんです。
例え、横の車の中からおじいさんがこっちを見てきていても、私はごぼうへの興味を抑えられない。
もしごぼうに近づくことによりおじいさんに撃ち殺されたら、、と頭の中では恐怖もありつつもやはり好奇心は抑えられない。写メを撮りたい。
ごぼうに近づく私。
こっちをみるおじいさん。
携帯をとりだす私。
もっとみてくるおじいさん。
カメラを起動させる私。
自転車でごぼうの横を颯爽と駆け抜けるおばさん。
おじいさん。
私。
ごぼう。ごぼう。
ビニールの中に入ったごぼう。
しかも折れてしまっている。
もしや、、これはごぼう傷害事件現場なのではないのか。
おじいさんは自身の不注意により、車でごぼうを轢いてしまった。
しかし善に生きるおじいさん、すぐさま携帯(らくらくフォン)で自首します。
そしてちょうど現場検証が行われるのを待っているところだったのではないか!?
私はそんなものを撮影して、ただの野次馬だ。
私は、他人のことは本当にどうでもいいのです。
ただ自分が楽しければ、いいのです。
こんな妄想を繰り広げてとっても楽しい一日でした。
気がするじゃなくて、良い一日になるんです。
私はね、朝早く起きて朝日を浴びながら外を歩くとね、
道端で食べ物に出会うんです。
ほら。野菜だよ。
ほら。ごぼう、ですよ。
私はこぼうを見逃さずにはいられないんです。
例え、横の車の中からおじいさんがこっちを見てきていても、私はごぼうへの興味を抑えられない。
もしごぼうに近づくことによりおじいさんに撃ち殺されたら、、と頭の中では恐怖もありつつもやはり好奇心は抑えられない。写メを撮りたい。
ごぼうに近づく私。
こっちをみるおじいさん。
携帯をとりだす私。
もっとみてくるおじいさん。
カメラを起動させる私。
自転車でごぼうの横を颯爽と駆け抜けるおばさん。
おじいさん。
私。
ごぼう。ごぼう。
ビニールの中に入ったごぼう。
しかも折れてしまっている。
もしや、、これはごぼう傷害事件現場なのではないのか。
おじいさんは自身の不注意により、車でごぼうを轢いてしまった。
しかし善に生きるおじいさん、すぐさま携帯(らくらくフォン)で自首します。
そしてちょうど現場検証が行われるのを待っているところだったのではないか!?
私はそんなものを撮影して、ただの野次馬だ。
私は、他人のことは本当にどうでもいいのです。
ただ自分が楽しければ、いいのです。
こんな妄想を繰り広げてとっても楽しい一日でした。
ついこないだ19歳になり、大人になるってどんなことだろうと考えてみました。
お酒が飲める、選挙権をもらえる、誰かを養うなどいろいろ、本当にまぁいろいろあるでしょう。
いろいろあるんですけどね、ふっと思いついたのはこれでした。
大人になるってことはエスカレーターにうまく乗れるってことではないのか。
まぁね、これを思いついたのはまさしくHEPのエスカレーターに乗っていたときなのですがね。
まぁね、乗ってたからですよね。それだけです。
でも、本当に私は小さいころ、エスカレーターに乗るタイミングがつかめなかったのです。
もし、あの段と段の間に足を置いてしまったら、あとでガクンってなる!こわい!こわい!
ってやたらと怯えていました。
同じように、大縄跳びも出来ませんでした。入るのがすごく嫌いでした。
縄が体に当たったら痛いやろなってそんなことばっかり考えて、入るタイミングがつかめなかったんです。
実際はエスカレーターで足ガクンってなったって、縄が体に当たったって大したことはないのに、
必要以上に痛い目に合うのを恐れていました。いろんなことに対して。
でも、大縄跳びは今では好きです。入るタイミングもちょっとはわかってきたし、
何より縄があたっても、まぁいいや!死にやせん!という心持ちがあります。
もう怯えてないぞ~。大人になったぞ~。
いつも、不安と恐怖を抱えながら少しの勇気を振り絞って「やるしかない!」という時を超えて、
少しずつ成長するんですね。振り返ったら、そんなに怯えることじゃなかったりします。
今はスマートに足をすっと出せますよエスカレーター、
でも半年に1度は足ガクンってなって心臓とまりそうになっています。
(一見関係がなさそうなことを引き合わせてエッセイを書けというのを本で読んだので書いてみました。)
なんかさ、いろいろ書きたいことあったつもりやねんけど、
いざつくったら忘れちゃうものなのね。
ってことで、留学中に考えてた変なことを書いてみよう。
なんか、言葉がわかっていくのって全体から部分へ。じゃないですか。
ふんでもし、言葉がなくて、気持ちを表現するのが、スニーカーだったとしたらの話。
どうやって、このスニーカーやった、この人は喜んでるとかわかるのか。
それがわかるのは最初はスニーカーを見るだけじゃなくて、履いてる人の表情で、
色んなスニーカーと
その人の表情を見比べてるうちにわかる。
そこから黄色靴はハッピーで、
青い靴はアンハッピーて、わかるのねー。
そこで、昨日も今日も彼は青い靴をはいているけど、
今日のほうがずいぶん落ち込んでる
ってときに、
昨日と今日の靴の違いを探す。
昨日は靴紐ちょうちょ結びやったけど今日はほどけてる!
てことは、ほどけた靴紐イコールと ても って意味かな て気づく。
こんなふうに、水色でも靴紐の色が違ったり、水玉模様やったり、
靴から羽はえてたり、そんなんで部分がつくられてるのかなーって。おもってた。
とりあえず自分でもわけわからんけど、
留学中はこんなこと考えるくらい暇やったわけね。
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