梅仕事、という言葉は、この時期になると季節を感じて丁寧に暮らす象徴みたいな感じで、SNSでもよく目にする。
私の梅仕事は別に生活を丁寧に暮らしたいからではなく、必要に迫られて始まった。
5年くらい前に、もう捨てるしかないからと大量にもらった梅がきっかけで、あの時は作り方も知らず、もちろん瓶もなく、まだ子どもも小さかったので、公園に連れて行ったり昼寝をさせてる合間に、洗ったりヘタをとったり乾かしたり、瓶を買い足しに行ったりしていた。
その時に思った。こんなの多すぎる。
せいぜい2キロで十分だわ、と。瓶だって大きいのだから保存する場所だって必要だし。
だから毎年梅は2キロ、2ビンまでと決めて、氷砂糖だって2袋用意しておいたのに、今年自分で発注した青梅が5キロ届いた時は自分を呪った。
なんで?なんでこんなに頼んだ?
間違えたわけじゃない。1か月前に頼んだことをはっきりと覚えている。
2キロなんか少なすぎるから5キロにしようと思って注文したのだ。氷砂糖を買う時は2キロだって認識できてたのに。
あの瞬間だけ脳の認知系統に異常があったとしか思えない。
5キロの梅をつけるには、瓶はあと2つ必要。慌てて2年前につけたシロップを容器に移し替えて瓶を空けて、洗って乾かして消毒して、砂糖を買い足して、シロップを移し替える容器も足りないから買いに行って・・・バタバタだった。
梅仕事。
季節を感じて丁寧に暮らす象徴ではないのか。
私の梅仕事は、生活にちょっとした混乱をもたらす。
