花屋を見つけたときは、ミニブーケを見るようにしている。
けっこうきれいなブーケが500円くらいで手に入るのだ。
ミニブーケは売れ残った切り花を最後の手段として売っているのだと、最近になってようやく気付いたときは微妙な気持ちになったのだけど、花を廃棄せずすむことに貢献しているのだと思えば、やっぱり買ってよかったと思える。
いつか花のある生活を日常にしたいと思っていて、都合が合えば花を買っている。
コロナで行き場を失った花たちを救うきっかけで出てきた花のサブスクリプションには非常に興味があったのだけど、地道に花屋をのぞいて、最後の手段の花たちを救う方が、草の根的な社会貢献になってなんとなくいい気もする。
さて、これも最近気づいたのだけど、我が家は構造上、左右の壁に窓がない。なので植物を置く場所がない。
花のある生活を、といいながらも置く場所を確保できないし、ダイニングテーブルに置こうものなら絶対に子どもたちに倒されるので、花のある生活が送りたい気持ちと実態があまり合致していない。
しかも、せっかく花を買ってきても、忙しいと目にも留まらないのだ。
自分が好きで買ってきた花なのに。玄関に置いてあるのに。
あれ、今日一回も花を見なかったな、という日もある。これではせっかく救出してきた花もかわいそうだ。
結局、生活を花を楽しむには、スペースのゆとりも心のゆとりも必要なのだ。
花より団子、ファンタジーよりリアリティー、無駄なものはどんどん省きましょうという性分には、
あまり向いてないのかもしれない。
