告別式が始まってからはずっと泣いていたと思う



お別れの手紙を読ませてもらった



短い手紙だったけど、泣いてしまって、中々読めなかった




「○○へ



長い、長い、治療お疲れ様。



もう痛いのも、苦しいのも、全部なくなったよ。



本当に長い間よく頑張ったね。



お腹が泣き叫ぶ程痛いのに、



「ママ寝てていいよ、しんどいやろ?自分で看護師さん呼べるから大丈夫!」



て言ってくれたね。



優しい○○がママ大好きだよ。



点滴の入れ替え、チューブの入れ替え、毎日の皮下注射



泣きながらでも頑張ってる○○は本当にカッコよかったよ。



息ができなくて苦しくなった時、もっと早くいけば良かったって、ママずっと後悔してるねん。



ごめんね、苦しかったね。



本当にごめんね。



ひょうきんで、ゲームが大好きで、野菜が嫌いで、負けず嫌いで、家族が大好きな○○。



ママの子供に生まれてきてくれてありがとう。



ずっと、ずーっと大好きだよ。



ママより」






手紙の後、献花を順にしてもらった



次に主人の喪主の挨拶



あっとゆう間にお別れの時間






お花や手紙、千羽鶴、ぬいぐるみ、ジュース、おかし、苺、色紙…みんなで棺に入れていく



棺は大きめのを用意していたけど、入り切らない程、息子の周りはとても華やかになった



棺の蓋を閉めるともう会えない



最後の最後まで手を握り、顔を撫でた



手は最後まで柔らかかった



みんなで大好きだよって伝えた






出棺の時、息子の友達が見送りにきてくれていた



ありがとう、嬉しかったよ







火葬場はすぐ近く



息子の入った棺に水をかけ、最後のさよならをした



一旦、葬儀場に戻って、ご飯を食べて、息子を迎えにいった







この時間が今までで一番辛い時間だった



息子が亡くなった時も、家に帰った時も、息子の体はあったから、私は悲しくなかったんだと思う



骨になってしまった息子を見て、もう触れない、現実にいない、とゆう事実が一気にきて、今まででと違う辛さが押し寄せてきた



もっと一緒にいたかった



治してあげたかった



元気な体で産んであげたかった



いろんな感情がでてきて、苦しかった







きっと、骨は沢山あったと思う



大量の抗がん剤やステロイド、放射線を浴びた息子は骨が残らないかもしれないと言われていた



でも拾いきれないくらい、沢山あった



最後まで息子の体は強かったんやなぁと思った







子供達は怖がることはなく、淡々と骨壷に入れていってた



トラウマにならないかが心配やった






骨壷を持って車に乗った時、斎場の女性職員の方が



「しっかり抱えてあげてね!」



と言ってシートベルトをつけてくれ、ドアを閉めてくれた



しゃんとしないと!て想った



葬儀社の方といい、良い方ばかりに巡り会えて有難かった






小さい骨壷になって息子は家に戻ってきた






おかえり





これからはみんなずっと一緒やで





もう寂しくないよ