The New York Times の記事から学ぶこと
今日は地震が多発していますね。関東の人たちの被害はたかが知れていると思いますが、(交通機関のダイヤの乱れは人によっては致命的な影響を与えたかもしれません)現地の人や福島の原発の事を考えるととても悲しい気持ちがあります。
彼らは度重なる地震で心身ともにかなり疲弊していると思いますし、これで更なる被害がでれば、一層追い込まれることとなります。
また、現地の食事はどうしてもおにぎりばかり、と質と量ともに、ギリギリのようです。勿論それ自体辛いことだと思いますが、精神的に辛い中でビタミンやミネラルを満足にとれないという状況が身体に悪影響を与えかねません。
どうか度重なる余震がやみますように。
さて、前回は、The New York Times の「In Deference to Crisis, a New Obsession Sweeps Japan: Self-Restraint」という記事を紹介しました。
前回でも触れましたが、僕達は世界が賞賛する高いモラルを持っている一方で、なぜそれをやるのか、といった知性の部分をもう少し磨く必要があると思います。
個人的にこんな不安な世の中だからこそ、少なからず人は「安定したもの」を求める傾向がある、と僕は感じていますが、その一つとして、「資格」というものがあげられると思います。それは「~~検定」から「学生団体~~」まで、一つでも多くとればまるで人生が安泰かのように信仰する、ということです。そんなわけで、学生にとっては就職活動、社会人にとっても新たな職探しや給料UPのために、少しでも所属や資格の数を増やす傾向にあるように思えます。
ただ、こういう時に一番本領発揮されるのが、まさに「知性」だと思います。この「知性」は決して、わかりやすい形に現れる類のものではありませんが、磨かなければ単なる「石」、つまり脳みそに蜘蛛の巣はることになります。今こそ「信じられるのは己の知性」ということでガシガシ色々な事から目を逸らさず生きてほしく思います。
例えば、原発に関する情報は日々あふれるようにでてくる印象がありますが、決して諦めずに動きを追ってほしく思います。
「自分は専門家じゃないし、東大の教授のいうことに従えばいいでしょ」なんて思わないでください。最後に行動を決めるのは貴方なのですから。(というか僕は東大に恨みがあるわけでもなく、批判したいわけでもありませんが、官僚や東電のトップは高い確率で東大出身なわけですから、教授の発言を信じて、政府や東電の発言を信じないのは理屈に合いませんよね)
しかし、こういってしまうと、僕たちの悪いところだけが際立ってしまいますが、実際のところこんなに疲弊した中でも総じて国民レベルでは高いモラルを持ち、日本人固有の良さがあるところに僕は好感を覚えますし、誇りを持っています。
先日も友人から被災地のために募金活動をした、という報告を受けましたが、皆快くいれてくれるんだ、とのことです。彼らが募金していた場所はそんなに栄えていたところではなく、人通りもたかがしれていますし、従って幾度か見かけた人もチラホラだったみたいですけれども、それでも募金をしてくれる人は絶えないようです。一度だけで終わらず2度、3度やってくれるみたいなんですね。
結局彼らの報告によると、繁華街でもない関東圏の数か所でやった結果、10日間で300万弱程集まったようです。
こういった事例は数多くあるとは思いますが、僕の周りのこんな身近な事例からも僕たちの国民性が伺うことができると思います。
ただ、これで良い話だな、というと学びが今一つ足りないと思うので、もう少しボランティアについて。
先ほど、「知性」についてお話しましたが、ボランティア団体について、僕達が知らないといけないことを少し紹介します。
やはり募金する側として、そのお金がどう使われるかどうかは知る必要があると思うのです。
個人がトラックに荷物を積んで「バッ」と届ける場合には、「瞬発力」が発揮され、即目の前の人に荷物が渡されますが、向こう数か月、数年被害を追っている方々にとって、それが継続して行わなければ命にかかわるわけです。
そんなわけで、ボランティアには「スピード」と「スタミナ」の両方が必要になってくる。
一日かそこらのごはんをあげることができたからといって、満足してはいけないと思うのです。
パッと届けることができるフットワークの軽い「スピード」ある中小団体。
莫大な資金が募金されつつも平等性等の問題からスピードはないけれど、「スタミナ」があるUNICEFや赤十字。
どちらでもなく、少なからず団体の維持費に使われる某団体。
どれがあなたにとって賛同できるか、それは貴方次第ですが、同じ日本人であり、お金を費やす以上は一歩立ち止まって考えてほしく思います。
さて、今日は「知性」という言葉に焦点を当てましたが、一方で僕はこのブログのタイトルでもわかるとおり、「肉体」も磨かなければいけないものだと思っています(笑)
「信じられるのは自分の肉体と頭脳だけ」
日本国民が全員そういうマインドになってくれたら、世の中はもっとハッピーだろうな、とふわふわ考える今日この頃でした。
読んでいただきありがとうございました!
Self-Restraint(自粛)の自粛
どうも、こんにちは。
書きたい事が日々ありすぎて、とりあえず今書きたい事を書いてしまいます。先日の予告でエコノミークラス症候群について書こうとしたのですが、その思惑とは相反して(笑)今回取り上げるのは新聞の記事なので、あまり時間がかかっても鮮度を失ってしまうと思い、このような決断にいたりました。
さて、先日このような記事をみつけました。
The New York Times にて「In Deference to Crisis, a New Obsession Sweeps Japan: Self-Restraint」という記事です。
いきなり英語で申し訳ないですが、無理やり要約しますと
「災害への敬意として、新しい強迫観念が日本を追い詰める。それは自粛である」といったところでしょうか。
(Sweepは掃除する、とか押し流す、などと言った意味がありますが、ここでは窮地に押し込む、といった意味で解釈しました。)
この記事は各地で行われる「自粛」活動について、述べられています。現在、東京都知事選を控えていますから、東国原元鹿児島県知事や石原都知事のことが軽く触れられています。ちなみにドクター中松も触れられていました。
(っていうかこの人何回応募するのだろうか(笑)毎回、少しもかすることなく金だけ失っていくのに、全く諦める事がない。発明活動に集中してほしいと個人的には思う。※記事では「五回にわたり、数千票しか集められていないのに、と紹介されている)
そこである人の発言が引用されています。その内容は次のようになりますが、英語が読める人は読んで考えてから僕の記事を読んでみてください。
Jishuku is the easiest way to feel like you’re doing something,
though perhaps there isn’t much thought put into how much these actions make a difference over all.
Mottainaiとかと同様に、もはや「自粛」は世界共通語として成立している部分にも注目してほしいのですが、要するに何を言っているかと言うと、
「自粛はそれが結局どんな違いをもたらすか貴方はよくわからんけれど、とりあえず被災地の方々のために、なんかしているよね、って気分になれる最も簡単な方法だよ」
と揶揄していっているわけです。
ここは英語のためのブログではないのですが、しかし被災の事に関しては決して他人事ではないと思うので、少々触れてみたいと思います。
まずここでは、「Easiest」という言葉が使われていますね。中学英語を思い出してもらえればわかると思いますが、これは「最も簡単である」という意味です。では、一体何が「最も簡単である」のか。それは「you’re doing something」、つまり何かをしたような気分になるのが、という意味です。
「何かをしたような、気分になれる」、
つまりここから言えることは、
我々は、現地で過酷な生活を強いられている現地の人の事を考えると何もしないで呑気に暮らすことはできない。
ということがいえると思います。
ただ、これは「ある一定以上のモラルを備えている人間にとっては」という条件がつくと僕は考えています。
被災直後、一部の人を除き、ほとんどの人は「被災地の苦しんでいる人がいるのだから自分も我慢しよう」という気分になった気がします。僕の身の回りにもいたし、SNSやメディアでもそういわれていました。ボランティアも活発化しました。「pray for Japan」を掲げ様々な方が積極的に自らできることをして、被災者の方々を応援してくれました。世界中でも応援の声や被災後のモラルある振る舞いに賛美の声が飛び交いました。
しかし、僕がここでいいたいことは、
貴方のその行動は何のためにやっているのかを考えているか。
ということです。
つまりは、何か行動する前にそれがどんな影響を及ぼすのか考えなければならない。ということです。[you’re doing something though perhaps there isn’t much thought put into how much these actions make a difference over all.]という気持ちになっていないか、ということです。
一体我々は何のために節電をしているのか。
知っている人は普通に知っていますが、別に関東の人たちが頑張って節電しているのは、東北の人達のためでもなんでもなく、結局は関東の住民のためなわけです。でもそこのところを明確にすることなく、うやむやな形でとにかく「節電しよう」ということが叫ばれているような気がしています。
現状、被災地の方々は満足に電気が供給されていません。それは我々がどうのこうのするからではなく、そもそも電気を供給するインフラが整っていないからです。勿論被災地の方々の住環境が改善することは願い続けていますが、とにもかくにも我々の節電というアクションは原発によって電気供給が満足でない、関東のために関東の人間がやっていることです。日本人のモラルの良さに対して、僕は日本人として誇りを持っていますが、知性に関しては憂いを感じることが多々あります。同じ日本に住む人間として、自分たちの行動がどんな影響を及ぼすのかぐらいは考えてほしい。そう切に願っています。
実際のところ、東京電力のサイトで、電力の需要と供給を数値で見ればわかりますが、本当に我々が乗り越えなければならないのは、この夏ですね。
僕は大学初期のころ、埼玉の某所でクーラーなしで汗だくになりながら勉強していたのですが、いつのまにか38℃を超えて驚いた覚えがあります。どんだけ苦学生演じているのかと(笑)さすがにそんな温度に達すると体力だけが消耗していくので、図書館に行って勉強していましたが、まぁそんなことより考えてみてください。
電気というのは性質上、保存がきかないわけです。今僕がこうしてキーボードを打っている間に使われている電気は今作って供給しています。つまり、ピーク時、と言われる時間が一番使われていて一番供給しなければならないわけですが、そんな時に生産が追い付かず、停電したらどのようなことがおきるでしょうか。
夏のピーク時、というのを考えてみてください。
それは電気がなくて、暗いなぁ、とかそんなのんきなことではなく、一番暑いであろう12~14時の時間帯にそれは起きるというわけです。
下手したら40度をこえるかもしれません。スーパーや飲食店の冷蔵冷凍食品が軒並みダメージを受けることは間違いないでしょう。それこそ今以上に食料が不足する恐れだって十分にあります。根本的に保存がきかなくなってしまうわけですから。
「節電しようよ!」
このような書き込みや発言をを聞くと、彼らの思いやりを感じる一方で、「もう少し考えて行動してほしい」と率直に思います。というか行動しなければならない、とすら僕は思っている。なぜなら、まさに未曾有の大災害で日本の生死がかかっているわけですから。
まだこの記事について言いたいことがいいきれていないので、次回もこの続きを書かせていただきます。それと次回はボランティアについても、少し考えることがあるのでそこにも触れながら。
それでは、読んでいただきありがとうございました!!
なぜあなたのダイエットは失敗するのかVol.2
閑話休題。
そんなわけで、彼女の言葉から困惑するとともに、憂いたわけです。
(この一瞬でこんなことをパッと考えたわけではありませんが(苦笑))
さてさて、もう一つ重要なこととして、彼女の言葉から言えることは、
「自分が得たいはずの情報を相手から引き出すような質問ができていない」
ということです。
はっきりいって、ほとんどの人からは、
「そうだよ」
かそれに準ずる答えしか返ってくることなく話が終わります。
結局、ふーんそうだよね、で話が終わってしまうわけです。
この場合どういう質問をして、相手から自分にとって良いものを引き出すのか、ということですが、
例えば一例として、
「私はダイエットがしたいんですけど、筋トレが良いと聞きました。一体どんな筋トレをどのくらいしたらいいんですか?」
とちょっとかえるだけで、相手は答え方に工夫をこらすわけです。少しの努力しか必要ありません。大事なことは、
「単純な質問には単純な答えしか返ってこない。」
ということです。
逆に少し質問をよくするだけで答えがグッとよくなることがあります。
そういえば、以前「質問力」という本がはやった記憶がありますが、質問をするうえで大事なのは、
・相手を楽しませる
ということと、
・相手の脳みそを使わせる
ということです。
ダイエットに関わらず、人に何かを聞くときはこのことに心がけてみるとグッと答えの内容、そして会話の内容が広がるはずです。
さて、些細な例を挙げて僕が考えていること、そしてこのブログを始めたキッカケをお話しさせていただきましたが、僕がこのブログで言いたいことは、
「身体の事を通して、人をより良くしていく」
ということです。
今回は、ダイエットのことを挙げましたが、僕たちの誰もがこの肉体を持っているわけですから、決して他人事ではないですし、大なり小なり人の生き方に身体の良し悪しが関わってくると思うのです。
一方で、彼女のように「~したい」という思いがあるけれど、実際に何をしていいかがよくわからない、という人は沢山いることにふとした会話から気づかされました。
ダイエットしたい
強くなりたい
カッコよくなりたい
スポーツがうまくなりたい
などなど、身体のことで色んな悩みや願いがあると思いますが情報がない状態で無暗に努力しても決して報われないのです。
重要なのは、
努力の方向性
これを忘れてはならない、ということです。
これから度々記事を書いていくことになりますが、少しでも皆様のお役にたてれば幸いです。
次回は被災地の事に関してお話したいと思います。
今回は、
「僕がブログを始めたキッカケ(の続き)」
をお話ししました。
重要なことは、
「質問力をつけること」
と
「努力の方向性を知る」
ということです。
それでは、次回の記事もよろしくどうぞ~。
ありがとうございました!