50周年の掉尾を飾る | 羽前日記

羽前日記

男も女もすなるブログといふものを、われもしてみむとて、するなり。

帰するところ、わが余生を若者応援団として過ごしたい、そのために老化をなるべく遅らせて、との想いが強い。



満80歳の巨匠・堤剛が得意のハイドンで円熟の境地を聴かせた。


インディアナ大学に留学時、創立名誉指揮者の村川千秋とルームメイトだったと。以来、二人は親交を結んでいる。

その村川に招かれて、山響を設立して草創期の定期演奏会にソリスト出演した際には、村川の自宅に寝泊まりしたそうだ。


堤の妹・久美子も、2年ほど客演コンマスを務めた。


堤は、桐朋学園大学で、桂冠指揮者となった飯森範親の大先輩。


飯森はピンチ状態にあった山響を立て直した功労者でもある。

65分に及ぶブルックナーの大曲。

これは母親の逝去に関わって格別の思いがあるという飯森が、壮大に熱演し、50周年最後の演奏会を締めた。


これでボクは、今年も全定演を聴き終えた。

昭和47年からまる50年、ほとんど皆出席(^_^)だった。


「オーケストラが定着するには50年かかる」という。

山形に住みついて半世紀、よくぞここまで来たもんだ!