24年間続いている例会も、佐竹俊明監督が去年急逝して、その黙祷から始まりました。
山形「べにばな国体」の年でした。
山形新幹線が開業して30日目の7月30日に山形駅頭で壮行式をしてもらって東京へ、そして空路宮崎へ向かったのでした。
「昨日のことみたいだな」、「でも、今や子ども3人の父親だものなあ」と。
「それにしても、宮崎への応援旅行は楽しかったなあ、夜の宴会が」と。
選手たちが泊まったホテルでは、監督と部長(ボク)が、ツイン・ルームでささやかに、冷蔵庫の中ビンで乾杯をしたのでした。
高齢の部長はいま、FBで、当時の選手たちと「お友達」になっているのが自慢です。
宝物のTシャツも身につけて自慢しました。