
19人もの尊い命が奪われた痛ましい事件ではあったが、何故凶行が行われるに至ったかは、精神的『障害者』になってしまった植松聖の証言のみが裁判の場で出されただけであり、両親や『津久井やまゆり園』運営団体の証言は出てこない。
運営団体は何も悪く無いのであろうか。
少なくとも、『津久井やまゆり園』に入職した時点では植松聖は普通の人間であったハズである。厳しい労働環境に疲弊し助けを求めても、運営団体(以下、『園』)は何ら手助けもせず。「手の掛かる職員」として特別視するのみであった事は裁判記録から読み取れる。
親子関係は、元々良く無かったのであろう。職場での自身のへの対応の不満等で、家庭内暴力が横行し両親は逃げ出した事は近隣住民の証言からハッキリわかる。
だから植松聖の凶行はしかたない。では無く、凶行を何故止められ無かったのかが重要であり。『園』の責任は重大であるはずだ。

『きようされん』と言う団体がある。全国共同作業所連絡会「共作連」から名称が変わった。『障害者』の為の中小『作業所』の集りである。全国には約6500ヶ所の『障害者』の為の中小『作業所』があるが、そのうちの約『2千』の『作業所』が加盟している。『津久井やまゆり園』は複合障害を持つ重度知的障害入所施設であり、『きようされん』加盟団体の『作業所』とは次元が違い過ぎる。
『きようされん』は作業ができる程度の『障害者』の為の作業所連絡会で有るが、私が勤務していた『作業所』もこの『きようされん』に加盟していた。
『きようされん』加盟作業所の8割から9割が『知的障害者』の施設であり、私の勤務していた『精神障害者』施設は1〜2割であり、勢い『知的障害者』の為の色合いが濃く、『精神障害者』への配慮に掛けている組織である。
例えば、『きようされん』は独自の国会請願署名を毎年取組んでおり、今年は第44期。詰り44年間同様の署名活動を行っており、神奈川県内の施設が集まる神奈川支部でも、駅頭での署名活動を行っており、各作業所にも動員が掛かる。『知的障害者』は、教えられた事は真面目に行う。
駅頭署名活動でも喜々として駅頭署名活動を行って居るが、『精神障害者』は駅頭署名活動に参加したく無い。そりゃそうだ「私は障害者です」と自分で宣伝してるようなモノである。そもそも『精神障害者』は自身が『障害者』である事を隠したいものだ。申し訳無いが『知的障害者』は自身が『障害者』であると言う意識がない。
また、『精神障害者』は、『知的障害者』と同列で考えて貰いたくないとの意識が強い。多少、『知的障害者』を下に見る偏見的な考えもある。しかし、これは『精神障害者』い言わすと、偏見でも差別でも無く『区別』であると言う。確かにそうだ。『精神障害者』の多くは一般人よりも高学歴者が多い。私が勤務していた『作業所』でも、藤沢市と言う事も有り、高校生活を藤沢市でおくった通所者の半分は湘南高校出身者であり、7割が有名な難関大学出身または在学中の発症で有った。そんな人たちに地元で駅頭署名活動に参加しろと言う発想が私に理解できなかったし、理解したいとも思わなかった。
概して、『知的障害者』の家族は要求が強い。それはそれで理解できるが、『精神障害者』にも『知的障害者』の要求を押し付け無いで欲しい。要求が違うのである。
『きょうされん』の支部総会に何度か参加したが、終始『知的障害者』の為のモノであり、『精神障害者』への配慮など微塵もない。発言の途中で奇声を発したりする。『精神障害者』はそれが我慢できないのである。
そんな『きょうされん』支部総会で、『障害者』代表によるパネルディスカッションが企画され、私の勤務していた『作業所』からもパネラーを出す事となり、京都大学出身(卒論作成中に発症、卒業には至らなかった)が、心血を注いで原稿を書き、当日を逢えた。
総会当日、現地に着いてみると、『きょうされん』本部専務理事の来場が急遽決まったので、パネルディスカッションは中止し専務理事の講演とする。

何とも馬鹿にした話ではないか。
専務理事藤井克徳氏は、ご自身も全盲で『障害者』であるが、年がら年中聞いている藤井克徳氏の話より、『障害者』自身の生の声の方が重要であろう。
案の定、藤井克徳氏の講演は終始『障害者』が殺されたのみであり、何故事件は起こったか。これからどうするのかが何も無かった。
講演終了後の質疑応答で、私は
『障害者が殺されたと殊更強調されてるが、健常者なら殺されて良いのか。誰が殺されてもダメなんです。何故、園の責任を追求しないのだ』
と言うと、二百名以上の出席者のなかで。ただ独り拍手して「そうだ」との声をかけてくれた人がいた。
『犯人も最初は普通の人間だった。植松聖のSOSを無視した園の責任はどうするのだ』
その質問に対し、藤井克徳氏の答弁は
『国会請願署名が進めば、こうした問題も解決します』。
全く意味の無いモノであった。
予定していたパネルディスカッションを参加者の同意もとらず、意味の無い講演に変えてしい。
出席者の質問に的外れな答弁しかできない『きょうされん』の、「ヒラメ(上だけを見て下を見ない)体質」は百害あって一利なし。
『津久井やまゆり園』事件は、天下り団体の隠蔽事無かれ主義と、自己の要求のみを行い。面倒な事は見ないフリをし、『障害者』で食っている業界全体との不幸な結果であり、これを変えない限り。
第二の植松聖が現れないとは限らない。