地方都市の郊外にある小さな丘を望む私の家は、かつてはアイルランドから移住した小説家と美しい日本人の夫人が住んでいたという。「翻訳の仕事を主にし、その間にその土地にある古くからの伝承物語を題材にした小説等を書いて質素な生活を送っていたが、病弱な夫人が亡くなったあと、どういうわけか、家をそのままにして故郷に帰った」と地元の不動産屋に聞かされた。

 私は東京の出版社に勤めていて、社会学の専門書の編集をしていたが、複雑な人間関係に煩わされて嫌になっていた。仕事に行き詰まって、ふらりと旅に出て訪れたその土地のなだらかな山に囲まれた静かな佇まいが気に入って、不動産屋に勧められるまま、小説家が残していったというその家を安く借り受けることにしたのだった。「そろそろ独立して一人で本を書きながら、慎ましく規則正しい生活をする頃なんだろうな」そう思い、思いきって都会生活を捨てた。

 小説家の残していった家は、二階の書斎から小さな丘が望めて気持ちよかったが、私にとっては少し広すぎたので一人の娘を手伝いに雇うことにした。名前は夏子といって、下の村から通って来て、丘に夕日が沈む頃に帰っていく。陽気で、情熱的で、笑顔の綺麗な子だった。いくつかある部屋の掃除や、炊事、洗濯、買い物、家の外の草むしり等もしてもらったが、「難しい顔をしている」と言っては、仕事に詰まってると、お茶や地元でとれた果物等を丸い小さなお盆に載せて持ってきてくれて、少し話をした。

 下の村で起こった〇〇さんの家で起こった「狐つき事件」のことを「あれは、旦那さんがお酒を飲んで酩酊して朝に帰ってきたとき、奥さんに叱られないために、狐にバカされた話を言い訳に使っただけ!」とか楽しく話してくれたり、「○○さんと○○さんは仲が良くて、もうすぐ結婚するだろう」とか、「○○家と○○家は敷地の件でいつも揉めて、集会所で会うと喧嘩ばかりしている」とか、そんな浮き世の話がどうゆうわけか私にとっては心地よく感じられた。高校を卒業し家の手伝いをしながら、大学にゆこうと思って一人で勉強をしている。「良かったら英語なんか苦手なので教えてね」などと屈託のない調子言われると、私もつられてよく笑い、しゃべった。「春になると、二階の書斎から見えるあの丘に向日葵がいっぱい咲くのよ。そのときはとっても綺麗よ先生! 私、向日葵って大好きなの」しばらく、私は毎日が楽しくなった。

 毎日毎日コツコツと仕事をしていたが、そんな風に日常はカタツムリのように通り過ぎるだけ。書斎の窓からは一冬を越した緑の丘。そんなある日、窓の向こうの景色に驚かされた。ふと気づくと、向日葵が一斉に咲いていた。夏子が言っていた話を私はすっかり忘れていたのだった。「これだったか」と私はその者達に惹き付けられた。よく見ると向日葵は皆太陽の方を向いて胸を張って立っている、生命を漲らせ、まだら模様が悩ましい。しばらく私は毎日丘を眺めるのが楽しみになった。それもつかの 間、楽しみは突然終わってしまった。その者達は突然一斉に、頭を垂れて死んでいってしまったのだった。

 そうやって夏が終わり、夏子もまた去っていった。なんでも、叔父の仕事の都合で、アイルランドに留学する事になったらしい。突然やって来て、悩ましいそのまやかしをいっぱいに広げて去っていったあの向日葵のように。私の心をかきむしって「そんなにして行ってしまうのなら、やって来なければ良かったのに!」またつまらない日常というヤツがやって来たが……。そのようにしてようやく一冊の本を、私は書き上げたのだった。

(バーナード・フォレスト詩集のなかから、高田渡さんが曲をつけて歌っていた「ひまわり」の印象を元にストーリーにしてみました。♬知っていますか この春に 私の丘に模様のようにやってきて…… そしてその後 深く 頭を垂れて死んでいった ひまわり達よ♬)

感性と人間

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「いたたたたぁ、筋肉が笑ってるよ」50代に入った父が、会社から帰ってくるなり、玄関で靴を脱ぎながら、口調とは裏腹にニコニコしてそう言う。
娘である高校生の私、クミが「どうしたの?」と聞き返さないまでも、なんだかいつになく楽しそうに話しかけてきた父。
「今日会社でストレスマネジメントっていう、研修があったんだよ。綾織りのゴムバンドを使って柔軟体操みたいなことやるんだけどさ、けっこうきつい運動もあるんだけど、終った後、なんかすごい気持ちよくなっちゃってさ」
父は、鞄を玄関に置くと、こうやって・・・といいながら、腕を上にあげて左右に傾けてみたりしている。
ストレスマネジメントとは、ストレス過多のいまのような時代に、いかに自分自身でストレスを解消し、心身のメンテナンスを行えるかどうかという講座らしい。今日は実際に何人かで「アルファビクス」というそのエクササイズを行ったというのだ。
「ゆっくり、なんでも腹式呼吸ってのをしながらやる動作だから、ふだん運動しない、父さんみたいな人にもできるらしいんだ。で、終った後が壮快なんだよ」
腹式呼吸? ゆっくりした動作?誰でもできる?
そこまで聞いて私、今日友人のミキから借りた本のことを思い出した。私が「最近プチうつなんだ」って話したら、貸してくれたんだったが、ぺらぺらとページをめくると、バンドを使ってエクササイズの写真が並んでたんだ。ミキは「最後の章を読みなよ」って言ってたっけ。
すでに食卓に座り、一杯やりはじめた父の前に著者の写真入りの帯のついたその本を置いてみると、父はぎょっとした顔で私を見る。
「この人が今日の講師だよ・・・クミも知ってたのか。隣町の駅前のスポーツクラブでやってるっていうから、今度、一緒に体験しにいかないか」若々しい表情のその講師はなんと60代だという。
「クミ、一緒に行こう!」
 ここ数年、運動らしい運動をしたことのない父の顔が真剣になった。


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誰もいない海なんて

 チェロキージープの立て付けの悪いドアをあけると、誰もいない海。その砂浜には小さな小川が流れ込み、その広い空間を二つに分けていた。夏草が風にゆれて、晴れ上がりどこまでも青い空。「ほんとうに何もない、誰もいない」と思ったけれどそこには誰かがいて、寂しそうに空と海を見つめていた。

 仕事が長引き、遅い夏休みをとって東京の自宅を出て東北自動車道に乗ったのは、昨夜の遅い時間だった。稲妻がハイウェイの消失点に光った、土砂降りになってハンドルを取られないように注意しながら、眠さと闘い、本で読んだ日本海の能代の浜まで、やっと着いたのだった。

 「誰もいない海を見たい」そう思ってここまでやって来たのに、同じ事を考えてる人がこんなところにもいた。飛び越えるには少し無理があるその小川を私は飛び越えた。その瞬間、私の足は捻挫していた。痛さに気を取られていると、すでにその娘の姿はどこにもなかった。突然、寂しそうに海を見つめていたその娘の横顔があった向こうの砂浜から、ロケットの噴射実験の煙が激しく吹き出した。

 誰もいない海なんてどこにもないし、自分だけが絶望してる訳でもない。ロケットの煙と一緒にあの娘は消えてしまったけれど、今を分かち合うべき誰かを探し、一冊の本を抱え、また旅に出てみるのもいいかもしれない。
『はやぶさパワースポット50』No.2能代ロケット実験場




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14歳のとき、はじめてできた彼との思い出は2月14日のバレンタイン・デー。
ようやくできあがった手づくりチョコを渡しに、彼の家に行ったの。5時過ぎだったけど、外はとうに月明かり。群青色の空に星影がくっきりと見えていた。
ちょうど庭にいた、彼のひいおばあちゃんが、ニコニコして、あたしを縁側から家の中に招き入れた。「夕ご飯、一緒に食べていきなさい。準備をちょっとてつだっておくれ」。
そうして、いろんな話をしながら、あたし、昆布とかつおと煮干しからだしを採って、自家製の味噌で、ひいおばあちゃんと一緒にみそ汁を作ったんだよ。
「それぞれの家には、その家だけの麹菌が住んでいるんだ。それを活かすことが健康でおいしい料理の秘密さ」とひいおばあちゃんが言う。
いつのまにか現れた彼は、テーブルの上の包みを勝手に開けて、チョコをバクバク食べながらキッチンのあたしたちを見ていた。
彼とは高校が別になって自然に別れてしまったけれど、あれから12年、わたしは病院で栄養士として仕事をするようになった。毎日、たくさんの人たちと接し、健康と食事について考え、勉強したことをすぐ実践できる、仕合せな日々を過ごしてる。ときどきふと、あの夕べをおもいだすことがあるけれど。そんな私が最近出会って心底、驚いた本があるの。
先輩栄養士からすすめられてページをめくってみたとき、あの日、ひいおばあちゃんが話してくれたたくさんのことがそのまま書いてあったんだよ。



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