4日の日、友が天国に旅立ったと連絡があった…
衝撃でしかない

連絡を聞いてショックではあったけど、
全然実感がわかない

連絡を受けてから、
涙もでてこない私はおかしいのかな?とか、
普通にお腹もすいてご飯を食べて、
悲しいけど、お腹はすくんだ…と思ったり。
翌日、お風呂に入った時に色々思い出した。
仕事にも行っていた。
自分はラッキーだったと、早くわかって、
いい先生に出会えて。
いつも、自分はラッキーと言っていて、
こちらが、励まされてばかりだった。
料理が得意で、いつも色々なものを
みんなに作ってきてくれて、
ラッピングまでしてくれる。
みんながおいしいとか嬉しいと言うのを
見るのが好きなんだなー。
美味しいものを食べるのが好きだったな。
色々と思い出してきたら、
やっぱり、涙がでてきた。
昨日、お通夜に行って、
写真も目の前にしても、
悲しいのに実感がわかない。
だけど、顔を見ることができて、
そしたら、やっぱり、
もう亡くなってしまったんだ・・・
と涙がでてきた。
今でも思い出したら泣けてくる

今、思えば、怖かったに違いない。
そんなに強い人間はいないし、
ラッキーだと思いたかったんだ…
人はその立場になってみないと
本当の気持ちはわからない。
それは家族であろうと。
本人の痛みや気持ちや感情はわからない。
悔いなく人生終えられたのだろうか・・・?
もっとやりたいことはなかったのだろうか?
辛いことやムカつくことはたくさんあるけど、
人のせいにしたり世間が悪いとか…
健康で生きていること、
毎日ご飯が食べれて、
働けて、
好きなこともできて、
それだけでもう十分幸せなんだ。
とやっとわかった。
自分が病気で悪性かもしれないと怯えた時、
入院が長くなった時、
あれだけ感謝して過ごさなくてはいけないと
思ったのに、すぐに忘れてしまっていた。
当たり前すぎる日常に。
病気には逆らえないのか?
それがその人の寿命なのか?
そういう運命だったのか?
別の友達は看護師だったのだけど、
転移していく場所が教科書通りだったらしく、
なんか、それも気に入らない

お通夜やお葬式の後に
飲みに行ったりすることとか、
そんな気になれないと思ってたけど…
みんなでご飯を食べにいって、
友達の思い出話をしたり、
ワイワイと話したり、
私達はそうすることしかできない。
「故人を偲ぶことが供養になる」と言うけれど、
本当にそれしかない。
やりたいことをやり、
自分の心に正直に生きる。
いついなくなっても大丈夫なように、
そんな気持ちで日々過ごしてみようと思う。