日本をどうする Ⅲー➂

モンゴル軍来襲を撃退する鎌倉武士
世界の歴史は”侵略の歴史”という側面がある
殆ど全てというくらい、歴史は勝者の論理・事情により語られる
日本は第2次世界大戦の敗戦国
台湾・朝鮮・北方領土等、領土・植民地を失った
しかし、我々は世界の主要国として、歴史を客観視してみる必要があるのではないか

アメリカは新たなフロンティアを中国大陸に求めた
日露戦争が日本の勝利により、日本警戒論から敵対的反応を示すようになった
日露戦争は、世界史上単なる東西文明の対決という抽象的な問題ではない
モンゴロイド(黄色人種)とコーカソイド(白人種)の対決の始まりであった
アメリカが日露戦争の勝利国である日本に反日的態度に出たのは、
ニューフロンティアを中国大陸に求める重大な損害になるから

アメリカの歴史を簡単に振り返る
アメリカ合衆国は、世界で最も恵まれた恵まれた地域といえる
自分がが学生時代にホームステイで滞在した中西部は、まさに肥沃の地だった
土地に種をまけば、小麦等農産物が自然に育つと聞いた
ホストファミリーの父親が自家用飛行機で所有する小麦畑を案内してくれた
その壮大さにただ絶句であったことはよく記憶している
大昔の話であるが
ゴールドラッシュはカリフォルニア州で金が発見され、30万人の人が集まった(1848年)

メイフラワー号
1620年イギリスのピューリタン(カルビン派)の人々約100名がメイフラワー号で
ボストン郊外のプリマスに上陸
当時のイギリス女王エリザベスは未婚であったので、処女王と呼ばれた
1630年には植民地が建設され、処女王にちなんでヴァージニアと名付けられた
イギリスの植民地となった北米の原住民はインディアンと呼ばれた
北米のインディアンは、もともと200~500万人いた
Coucasian 白人による虐殺と疫病で、19世紀末には35万人まで減少
20世紀末には混血を含めて310万人まで回復
アメリカンインディアンは、日本人と・同じモンゴロイド
紀元前4万年~2万5千年頃、当時陸続きであったベーリング海峡を渡ってやって来た
米墨戦争
西部開拓(侵略・略奪)が後半になると
1845年テキサスをメキシコから独立させて、アメリカに併合
米墨戦争(対メキシコ戦争 1846~1848)を起こす
ニューメキシコ・アリゾナ・カリフォルニアを獲得
1898年米西戦争により、キューバ保護化、プエルトリコを領有
1898年ハワイを米本土に編入
パナマを保護領化(1903年)し、パナマ運河を開通(1914年)

かようにアメリカは侵略・略奪・殺戮を続けるなか、日本に2度も進出
1853年 ペリー(東インド艦隊司令長官)が軍艦4隻を率いて、浦賀に来航
フィルモア大統領の国書を携えて、西からやって来た
外交慣例上の体裁は示した
1854年 今度は7隻の軍艦
500名のアメリカ軍兵士を上陸させた
幕府は軍事的圧力に屈して、日米和親条約に調印

第2次世界大戦時に、日本は大東亜共栄圏を策定した
中国を新たなるフロンティアと目論むアメリカには、とんでもないこと
この件については、別項で私見を述べていきたい