嗚呼、東行高杉晋作先生 | 萩往還を歩く

萩往還を歩く

幕末維新の志士たちが駆け抜けた歴史の道「萩往還」は城下町萩と瀬戸内の港三田尻とを結ぶ街道であります。さあ、今から、萩往還とその周辺を歩いてみましょう。きっと新たな発見があるはずですよ。

 
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不肖山笑、今朝は昨夜の酒が残り、ちーとえらい感じでしたが、
いつも通り目が覚め新しい朝を迎えさせてもろうたのであります。

「嗚呼、今日も生かされているのであるなあ・・・」

そして久々に散歩に出かけたのであります。

萩往還をずーっと歩いて、途中、「象頭山」へ。

 

ここは地元の方が整備事業をされていらっしゃるんですいね。
じゃけえ、すごいええ山になっちょります。

ここからは鴻城(こうじょう)の町が一望出来ます。
ちなみに鴻城とは山口の異称のことであります。

それから大内方面も一望出来ます。
この地には、東行高杉晋作先生の盟友、
福田侠平先生が住んでいました。
ですので、遺髪をおさめた墓や、位牌、
そして、旧宅跡などもあります。

下関市吉田、東行庵の高杉先生のお墓の隣にも、
侠平アニキのお墓があります。

 

下山後は鰐石橋へ。

 

ここは古くは交通の要衝として栄え、
小郡から川船がのぼり、鰐石川のそばには
料理屋がありました。

↓現在はこんな感じ。はあ、料理屋はやりよらんです。

 


そして、この周辺はあの、高杉先生が漢詩を詠んだり、
或いは起居した、そんな所なのであります。

 

南の風に吹かれながら僕は、この町に佇みます。

 
 
 そしてSLが汽笛を鳴らし、黒煙を吐きながら通り過ぎ、

 

嗚呼、時は知らぬ間に、過ぎ行くのでありました。