季節の行事をあまりしないわたくしですが、小正月のオマイダマ(繭玉)作りはしています。

毎年、養蚕でお世話になってきた農家のお母さんと一緒に作るのが恒例です。ですけれど、今年に限ってはコロナがあるので用心して中止しました。とういことで自宅にて粛々と。

 

米粉を熱湯で捏ねます。耳たぶくらいの柔らかさになったら繭玉にします。これを15分くらい蒸したら出来上がり。

 

 

 

 

 

立派な繭ができるように、いつもより心持ち大きなマイダマにしました。

当館では、今年の繭の豊作を願って行う行事なのでマイダマは白だけです。こういう行事を「予祝」といいます。教わった農家のお母さんの家が白だけだったので、それに習っています。当館では黄繭と山繭を育てることもあるので、そういう年は黄色と緑色はあってもいかもしれませんね。

 

 

 

 

 

ちなみに、1月14日はどんどん焼きの日です。

どんどん焼きでは、このように屋内で飾るオマイダマ以外に、どんどん焼き用に用意するオマイダマがあります。柄の長い木にオマイダマを挿して持って行き、どんどん焼きで焼いて食べるのです。わたしの和歌山の田舎では、こうした小正月行事はなかったので興味があり、県内のどんどん焼きを幾つか見て回ったことがありました。もう、10年前の話です。

 

吾妻 (じゃなかった高崎市倉渕)の方へ見に出掛けた時は、ちゃんとこの日の早朝に火が上がりました。子どもはいない地域なのか大人だけでした。素朴で厳かな良い集まりでした。そのときのブログ● 小正月

 

わたしが住む地域のどんどん焼きに参加させていただいたこともありました。こちらは子供たちに体験させてあげたいという地域の方々が主体で、14日に近い週末に行われていました。とても賑やかで素晴らしい行事です。そのときのブログ● どんどん焼き、当日

 

 

 

 

2021年になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年初めの仕事は、繭を倉庫へ取りに行くことからでした。

 

 

 

 

 

 

繭を運んでくると、まず母屋の2階に広げ、選別をします。

当館での選別は大まかに3種類です。

① 糸の太さが安定して揃った上質な生糸を作るための繭

② 節のある生糸を作るための繭

③ 生糸作りに向かない繭

 

この2階は、冬は寒くてたまりません。

服装は屋外で作業する時のように防寒します。

繭を良い状態に保つ意味では良好な気温です。

純白の繭を極寒の中で見ていると気持ちが引き締まります。

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの投稿です。

先月、Twitterでフォローしている方が民藝の最新刊についてつぶやかれていました。

それが黄八丈特集でして、興味があるので直ぐに購入したのですが、ちゃんと目を通す時間が持てず、今です。

 

 

 

『民藝』12月号(816号) 特集 黄八丈 八丈島の織物

この号では、黄八丈の歴史や製法、現状などを含め、作品や見本帳として作られた「永鑑帳」などの図版も紹介されています。
 
この中に1938年に撮影された糸引き(座繰り)の写真が掲載されていて感激しました。というのも、わたしがこれまで見た八丈島の座繰り写真の中で、この号の写真は糸のディテールがよくわかるものだったからです。これは八丈島の座繰りの一部を表しているに過ぎませんが素晴らしい資料です。この写真の繭はたぶん玉繭で、横引きケンネルの抱合道具を使い、節のある糸を作っています。そして、糸の撚りかけをしている写真もかなり興味深いです。他、染料の採集、泥染め、地機と高機の作業風景の写真があります。
 
この1938年の写真は、柳悦孝と写真家の坂本万七が八丈島を訪問した際に坂本万七が撮影したもので、このときの成果は1939年発刊の『工藝』第97号「黄八丈」特集として刊行されています。とはいえ『民藝』816号だけでなく、『工藝』第97号においても掲載された写真はいずれも全てではないようです。糸引きの写真に関しては『民藝』816号が初掲載です。当時撮影された写真がどれだけあるかはわかりませんが、日本民藝館に所蔵されているということです。いつか全ての写真が展示又は写真集が出版されないだろうか。あればぜひ拝見したいものです。
 
 
 
 
 

 

展示期間が今日の11/30(月)までですが、藩営前橋製糸所のジオラマ展示をご紹介します。土曜日に、前橋市へ行く用事があったので足を伸ばしました。

 

『藩営前橋製糸所のジオラマ展示』

期間:〜11月30日(月)

時間:10:00〜18:00

場所:アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16) 1階 南エントランス

 

前橋市は、上毛カルタに「県都前橋生糸の市(けんとまえばしいとのまち)」と謳われるように、製糸産業で栄えた時代がありました。そうしたことから、近代日本の基幹産業であった製糸業における前橋市の歴史的な先進性や役割を全国に発信しようと、学術的調査、研究やその成果を発信する事業を以前から行っています。最近だと、昨年9月に藩営前橋製糸所操業150周年プレイベントのシンポジウムが開催されました。

わたしは、なんだかこの前橋関連のシンポジウムとはタイミングが合いまして、昨年の9月を聴講できましたし、これより以前に行われたシルクイベントも聴講しています。そんなことで、折角なのでこの展示も拝見しました。

 

 

 

 

 

藩営前橋製糸所とは、明治3年(1870)6月に前橋藩がスイス人の技師ミューラーを指導者として招いてスタートした「糸試験所」が大元で、これは日本で最初の器械製糸所といわれています。この創設地は住吉町1丁目で、付近の交差点のところには " 日本最初の器械製糸所跡 " の記念碑が建っています。そして、創設から3ヶ月後の9月に本格的な器械製糸工場を建設移転したのが、現在の岩神町(上記画像の赤印)になります。

 

この製糸所は、器械製糸技術伝播の拠点として全国各地から多くの伝習生を受け入れました。有名どころだと、熊本県で近代養蚕業の開祖といわれた長野濬平でしょう。県内からは勢多郡水沼村の豪農・星野長太郎が指導受け、県内初の民間洋式器械製糸工場を創設しています。

 

 

 

 

 

 

この製糸所については資料が乏しいようです。残っているのは外観に関するものが2点です。1つは、明治11年明治天皇献上写真として宮内庁書綾部に残っていました。これは前橋の生糸商・勝山宗三郎に払い下げられてからの勝山製糸所(大渡製糸所)のものです。もう1つは、明治3年の杉浦譲『客中雑記』に「・・・茅屋を構へ五間二七八間也器械ニへ而繰る十二器也・・・」とあります。残念ながら、図面や内部の器械についての資料が現在のところ発見されていないのです。

 

そんな折りに東京農工大学で発見されたのが、同じくミューラーが指導した勧工寮葵町製糸場の図面でした。同大学にてジオラマや3D映像が製作されたことにより、藩営前橋製糸所の復元への道が開けることとなったのだそうです。そうして今回、一般財団法人ぐんま食と歴史文化財団の協力で、上記の藩営前橋製糸所のジオラマと3D映像が完成しました。

 

 

 

 

 

こちらは「繰糸台と釜の模型(ケンネル式器械製糸)」(東京農工大学所蔵)です。

ご興味ありましたらお出かけください。

 

 

 

 

 

 

さて、東京農工大学で発見された勧工寮葵町製糸場の図面資料を2017年に拝見しているので、その画像もご紹介します。

この製糸場は、明治6年2月東京赤坂葵町(港区大蔵省印刷局付近)にミューラーを雇い入れ建設しました。水車動力、繰糸機48台(開所後すぐに96台に増設)です。蒸気を動力とした官営富岡製糸場と同様に各地へ技術を伝播する拠点となりました。

 

この製糸所は、官営としては富岡製糸場に次いで2番目の洋式製糸場でしたが、資料が少なくこれまで詳細が明らかにされていませんでした。発見された図面は、富岡製糸場と並んで製糸工場制工業化の起点となったイタリア式工場の様子を初めて具体的に示した重要な史料です。図面は、縮尺や寸法が記載され、綴状のものには煉瓦構造物が一段ごとに配置し記載されるなど、繰糸設備の全般が理解でき、寸法を元に再現が可能なほど詳細なのだということです。

 

 

 

 

 

 

「三十分一之割製糸器械場建地割絵図」より。

水車を動力にしています。煮繭や繰湯の加熱設備は焚き火が利用されたようです。

 

 

 

 

 

「五十分一之割器械場平地割絵図」より。

 

 

 

 

 

「ケンレル建柄」より。

 

 

 

 

 

ここまで書いて特に触れませんでしたが、日本に伝わった洋式製糸技術は2通りあります。1つは、藩営前橋製糸所や勧工寮葵町製糸場などでスイス人のミューラーが指導し導入したイタリアからの技術。もう1つは、官営富岡製糸場などでフランス人のブリュナが指導し導入した技術です。

 

現在の旧富岡製糸場に行けば、当時のフランス式繰糸機の復元機があり、定期的に繰糸実演が行われています。

官営富岡製糸場の原物・繰糸機をご覧になりたい方は、長野県にある岡谷蚕糸博物館に保管展示されています。ここにはイタリア式繰糸機(上記画像)も常設されているのでぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

繰糸法にあたり、ミューラーは「ケンネル」、ブリュナは「共撚り」という方法を用いました。興味深いのは官営富岡製糸場は最初は「共撚り」だったのに後に「ケンネル」に変更しているところです。岡谷蚕糸博物館にある原物機は「ケンネル」になっています。過去にこのブログに詳細を書きました。よかったらそちらもご覧ください。

 

● 岡谷蚕糸博物館見学会 その1「フランス式繰糸機について」

● 岡谷蚕糸博物館見学会 その3「イタリア式繰糸機」

 

 

 

 

 

令和2年度「日本絹の里大学」で講師をさせていただきました。

これは、群馬県立日本絹の里が主催している講座です。

11月14日(土)でした。コロナの影響で、例年よりも募集人数を制限しての開催でした。

講座終了後は、使用した机や椅子はすべて拭き掃除されていました。会場は2階でしたが、その階段も終了後は閉鎖してやはり消毒するようでした。

 

この日の講座は、前半:和田雅之氏『日本の神々と養蚕信仰』、後半:東宣江『上州座繰器とその糸について』でした。

 

和田さんは安中市にある咲前神社の宮司さんです。咲前神社は境内に絹笠神社があり、他にも養蚕信仰が豊かな神社です。和田さんのお話の中に京都太秦の蚕ノ社のことがありました。わたしは学生時代から7年間を京都で過ごしたのですが、そのときに蚕ノ社の近くに住んでいまして、機織りで生計が立ちますようにとよくお参りしていました。懐かしかったです。

 

わたし自身の講座では、上州座繰りを知る切掛けから、座繰器や糸についてお話させていただきました。

蚕糸のことを重点に情報発信をしている日本絹の里の講座ですから、受講される方は蚕糸に関してすでに勉強なさっている方々だし、中には座繰りをしている方もあるでしょう。そうした方に私はどのようなお話ができるのかと悩みました。少しでも受講いただいた皆さんに新しい情報が発信できていたら幸いです。

それにしても、研究者の方々というのはすごいですね。今回の準備で、自分が持っている情報や知識は確かなものなのか、改めて調べることがかなりありました。インターネットは本当にありがたくて、フリーで読める関連論文もヒットすることがありますね。拝読すると、どれだけの時間を掛けて丁寧に調べているのだろう、仮説を立てるのだろうと感嘆します。わたしは、そういう訓練をしていませんし、形だけ真似っこした、にわか仕込みはダメだって準備をしながら心底思いました。

 

この講師は、講座の内容を日本絹の里の紀要に寄稿することになっています。

ちょうど今、昨年度の講座を踏まえた紀要(2019 第22号)が発刊され、ミュージアムショップで販売しています。去年の講座は受講したかったですね。

 

 

 

 

NHK BS1 にて群馬県南牧村が紹介されます。

この撮影に当館も少し協力させていただきました。もしかしたら、ちょっと出るかもしれません。ぜひ、ご覧ください! その後、NHK World でも放送される予定です。日程がわかりましたら情報発信いたします。

南牧村と蚕糸業を結びつけて語られることは、これまであまりなかったと思うのでどのような番組になるのか楽しみです。

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 NHKBS1 / Journeys in Japan『 群馬南牧 シルクロード 栄華の面影 』

放送日時 : 2020年10月28日(水) 午後2:00 〜 午後2:30 (30分)

群馬県西部、そこは日本の近代化を支えた製糸業の起点だった。その最奥にある南牧村もそうした村の一つ。かつての栄華の名残を、ハンガリーからの留学生女性がたどる。

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19日に『藁まぶし作りワークショップ』を開催します。

 

開催日:10月19日(月)10時〜15時

残席:3 席(10月11日 現在)

申込・問い合せ: くらし手仕事舎 ton-cara

 

現在、お蚕さんを飼育中の方が藁まぶしで繭を作らせてあげたいということで

急きょ、今月の19日にもご参加者さんを募集することになりました。

わら細工です。お蚕さんが繭をつくるお家を藁と専用の道具で編みます。

ぜひご参加ください。

 

 

 

酷暑時の農作業を少しでも緩和すべく、空調服を購入しました。

ちまたで販売しているのとちょっと違うデザイン、「エレファン空調服」です。

作業着を新調してテンションが上がっていますので、今回はこの空調服のお話。

 

「エレファン空調服」は、ファンが背中上部にあるのが特徴です。

商品説明には、リフト車に乗車したときにファンが椅子の背もたれに当たらなくて良いとありました。

わたしはリフト車には乗りませんが、これを選んだのには、わたしなりの理由がありまして・・・

 

 

 

 

 

当館では夫が6年前から空調服を利用しています。

一緒に桑畑で作業してみると、空調服を着た夫と着ていないわたしとでは疲れ方が段違いです。水分補給のために休憩を取る回数も夫とわたしでは倍違うので作業効率にも影響しています。

それなのに、わたしが空調服を使ってこなかった理由は、ファンで体が冷え過ぎることでした。特にお腹がめちゃくちゃ冷えて、お腹を壊す始末で使わなかったのです。

 

夫が着るのはよく見かけるタイプで、ファンが両脇腹のあたりに付いています。お腹まわりに風がすごく舞うんです。これは絶対お腹を冷やします。お腹の弱い人はどうしているの?

 

 

 

 

 

最近では、腹巻きをしたら空調服が使えるだろうかと考えていました。

しかし、これを見つけたのです。桑畑で利用することが多いので、剪定ばさみ用のベルトを装着すれば、お腹のところには風がほとんど来ません。お腹を冷えから守れます!

 

 

 

 

 

わたしが桑畑に出動するときの格好です。

後頭部から首まわりにかけて布が付いていて顎の下で結ぶ麦わら帽子です。この帽子を愛用するのは、首回りの日よけの他に、桑束を持ち上げるときに桑かぶれや虫刺されから首を防御してくれるからです。麦わらで通気性も良いですから汗による頭部のムレも軽減できていると思います。

 

 

 

 

 

今回、空調服と愛用の麦わら帽子を組み合わせてみて、気づいた良い点があと2つあります(この空調服にはフード付きタイプもあります)。

1つは首回りから後頭部にかけて爽快に風が回ることです。特に、このエレファンはファンの位置が高いですから通りがとても良いです。

2つ目は、麦わら帽子の中を風が回ることで顔に蚊が来ないことです。夕方、桑畑の作業をすると蚊が寄ってきますから、すごく良いです。

 

エレファン空調服は特殊なのか店頭で見ないですし、色柄のバリエーションも少ないです。もっといろんなのが出てくることを期待して、ここに記しておこうと思います。

 

 

 

 

再放送のお知らせです。

NHK連続テレビ小説『エール』は、コロナ禍の影響で現在再放送をしています。

当館が養蚕指導で係わらせていただきました第11週「家族のうた」の再放送が本日から始まりました。

 

この第11週の劇中に登場する農家夫妻への藁まぶしの指導と養蚕道具の貸出をしました。登場するのは、たぶん以下の日程です。

 

8月29日(土)・8月31日(月)

NHK総合 AM8時 〜 他

 

今週の『エール』は、主人公の裕一(窪田正孝)が妻・音(二階堂ふみ)と娘を連れて福島に帰省します。劇中で、弟の浩二(佐久本宝)が養蚕農家夫婦を訪問する場面がでてきます。役場の農業推進係として働く浩二は、養蚕業を営む畠山夫妻(マキタスポーツ、柿丸美智恵)のもとを訪問。畠山の桑畑をリンゴを育てる果樹園にしないかと持ち掛けます。この時代、養蚕業は斜陽傾向にあり、資料を片手に説得する浩二に畠山は「なしてそげな、賭けみてえなことやりてんだ?うまくいかなかったら責任取れんのか?」と詰め寄ります。

 

ぜひご覧ください!!