富の再配分
今回の金融危機はかなり長引きそうだ。ひとつの時代が終わり、世界中で富の再配分が始まっているのかもしれない。新自由主義の象徴である「金融技術経済」を世界が問題視しているのだ。やっていることはよく分からないがその本質はカネがカネを産み特権階級がより富める仕組み、欧米が富み続けるために考えられたのだったのだ。
アメリカが金融立国を目指したのは、70年代に欧州や日本と産業技術力がほとんどなくなったことから始まる。きっかけは石油ショックだったようだが、米国産業の優位性が崩れようとしているとき議会は技術開発助成金を打ち切った。このままでは基軸通貨として君臨できなくなるという危機感からからか、消費先行で国民の貯蓄率が低かったからか魅力ある投資商品の開発や金融自由化をすすめ世界のカネを自国に集める政策に力を入れた。80年代のレーガノミックスでは減税、規制緩和など企業側にたった政策が進められ需要重視政策から大転換し、プラザ合意、ソ連崩壊を経てアメリカは再生する。87年のブラックマンデーや不動産バブル崩壊などを乗り越え90年代アメリカはインフレなき持続的成長を実現、グリーンスパンはウォール街と手を組み金融工学を駆使してバブルのコントロールでうまく世界金融を導いているかに思えた。
米国と自社を較べるのは失礼であるが、冷静に今考えてみれば進化と成長を私自身もはきちがえていた気がする。永続的成長を目指して本質から外れた無理をする、小手先の技術で楽に儲けようとした驕りの結果、大きな時代背景を読み誤り大切なことに気が付かなかったのだ。企業進化とは規模でなく価値創造であり、根底に社会の役に立つという高邁な理念があってこそ実現できる。短期的成長は理念なしでも出来るが安定成長は困難である。
90年代アメリカが主導したインターネット社会が世界中で発達した結果、持たざる国の人々が家電や車を持った豊かな文化的暮らしを熱望し、その需要は本来先進国が刈り取るはずであったが、実際は皮肉なことに先進国が成長機会を与えた中国がもっとも恩恵を受けている。見方を変えれば先進国は「持てる力の総額」に達したので公平、平等、博愛の観点から自国利益を度外視した富の配分が歴史的使命なのかもしれない。それは日本国のなかでも自立支援というかたちで必要なことと感じた。
オバマの「ウォール街からメインストリート」へという金融政策転換が実現することは簡単ではない。