column383 「あなたは私の鏡です」──研修メモ
<現状は?>
自分中心
──相手の立場を考える余裕がない。相手を考え自分中心となれば、自分中心でなくなる。
自分をごまかす
──自分を過大評価するため、人に自分に対し実力以上に思いたい。欺瞞。
協調性がない
──人に合わせないのは、人に合わせてもらいたい傲慢の表れ。
結果として裏目に出て、相手も表面は合わせても心からついて行こうとは思わなくなる。
「あの人は傲慢」のレッテルを一度貼られるとなかなかその評価を覆すのは困難になり、結果友人をひとりずつ失う結果となる。
そんな自分を知ることにより、相手に対してどうしたいのかという気持ちと行動が一致していないことを知る。
最終的には相手がどんな状況に置かれても、相手に対する信頼を失わないしっかりした見る目が必要となる。
見る目とは己を見る目が先で、それがないと相手も見えない。
相手に対するドアのカギは全て違う。
つまり相手を知ろうとしなければカギは見つからない。
こんな小学生でもわかる理屈が、実際の日常生活の中で実践できないことが多いのはなぜだろう。
理屈よりも先に自分の話を聞いてもらいたい、自分をわかってほしいという感情が先に出るからだ、きっと。
自分の意図とは裏腹に感情が抑えられなくて相手に不快な思いをさせることがなんと多いことか?
オレがオレがの「が」を捨てろ
と、先輩に教わったが「が」が我となり我を捨てられない自分に気づく。
我とは本来魂でなければならないが、この場合の我は己の感情である。
人生わかったようなことを書いているが、自分に対してつぶやき、自分との対話、自分への戒めとして書いているのだ。
己を捨てることは今までの幻想の、偽りの自分を捨てることで、自らの信条を捨てることではない。
これが混同してしまうのが私であるし多くの人たちだと思う。
自分の言うこと感情を聞いて同意してくれる人は良い人。遮る人は悪い人。
本当にそうなのか?
これを乗り越えるには相手に対して何を援助したいのか、自分は相手に何ができるのか、そして何がしてもらいたいのかを明確にすることからはじまる。
客に対しては通常、何がして欲しいのか明快なため、客の言うことを一所懸命に聞こうとする。だから注文が来る。
これが何を売りたいか明快でないときは、話を聞きながら次に話すことを探している状態になるので、相手もそれを察知して「人の話を聞かない」人というレッテルを貼られる。それは受注できないことになるのだ。
あ~「あなたは私の鏡です」
相手の自分に対する行為は全て自分の中になるもの。
これはわかっているようで全くわかっていない。
「従業員の悪口を言うこと」は自分を否定しているということに気づくまでそんなに時間はかからないが、実践となるとなんと自分の感情を抑えていないことが多いのかを知ることとなる。