column315 ゲリラマーケティングの実践
我々に出来て大企業に出来ないことを突き詰めると自ら辿ってきた商売の変遷にぶち当たった。
25年前に考えた人生計画は、50歳で年収1億・資産10億・年商100億。
根拠はないがそれは自分が世の中をある程度動かせる実現可能な世界だと信じていた。
スピードは遅いが今でもそれは変わらない。
その思いは死の商人から始まった。
死んだ人の名簿を役場で確認し、訪問するのだ。
しかし、考えてみればどれだけやっても夢には届かない。
そして国産自動車メーカーH社と出会った。
H社は夢のある会社で、そこで生き生き働いている人、チャレンジしている人に感動した。
当時は全国に中小自動車ディーラーが乱立し、今から思えば戦国時代であった。
その時代私が実行していたことは、数社のディーラーで仕事をし、紹介をお願いする。
すると紹介が紹介を呼んだ。
また遠方も訪問するとその場所でさらにビジネスが広がるという極めて原始的な手法だった。
営業品目は
(1)東急ハンズや出張先で見つけた流行モノや珍しいモノが中心。
それらの製造元に取引をお願いし、独自のラインアップにする。
(2)顧客の要望をカタチにし、同じニーズの顧客にもカタチを変えて提案する。
(3)売れ筋は全国販売店にFAXで案内する。
今から考えれば営業手法も営業品目もまさに教科書のないゲリラ活動だった。
毎日何を提案したら売れるかという目線で街を歩き、顧客と話す。
世の中の変化はタイムリーに対応する。
今でも忘れられない商品は
・Big Bell(ギフトショーで見つけた)
・ジャンボバスタオル(顧客に作成を依頼された)
・サークルクロック(ギフトショーで見つけた)
・アメリカ製 オリジナル液体石けん(東急ハンズで見つけた)
全て顧客オリジナルで提案した。
ゲリラとはマーケットや顧客の要求を毎日肌で感じ、それを言葉で汎用化し、仕事で水平展開することに他ならない。
我社の歴史はゲリラ活動の歴史なのである。
もう一度、精神は原点に戻ろう。
商売は原点とマーケットにある。
そして言うまでもなくコンプライアンスは取引条件である。