column235 無知の知
ソクラテス
(BC469年頃~BC399年4月27日)
古代ギリシアの哲学者。 ソクラテスの哲学の中心にあるのは、人は真理のすべてを知る事は出来難いということ(無知)を知るべきである(無知の知)というもの。
12年前に私の恩師が「文明と文化の違いがわかるか?」と聞いてきた。
何と答えたのか忘れてしまったが、恩師の解答は「文明をナイフ・フォークとすると、文化はその使い方」という簡単明瞭なものであった。
私たちは言葉を知らず知らずのうちにその意味が分からないままいかに使っていることか?
私の知っているつもりで知らなかった言葉を3つ挙げたい。
(1)Web
(2)デジタルとアナログ
(3)セグメンテーションとターゲット(マーケティング用語)
(2)の場合、老若男女問わず使っているカタカナ英語なのに正確に言えなかった。
デジタル--連続的な量を段階的に区切って数字で表すこと。
アナログ--数値を長さ・回転角・電流など連続的に変化する物理量で表すこと。
断続的表示と、連続的表示とまでは答えられたが、何を?と言われてつまってしまった。
我々は仕事の中でお互いに同じ認識の言葉でやり取りしている時は、忘れない限り問題は起きないが、認識そのものが異なる場合、これはコミュニケーションにならない。
日本人は伝統的に「和をもって尊しとなす」文化がいまだに根強い為、会話の中で、会議の中で不明点があっても「バカにされたくない」「流れを断つと相手に悪い」と思い、知らなくてもついつい知ったふりをするしてしまうケースが多い。
知らないことを知らないまま、曖昧に放置しておくことはコミュニケーション能力の退化につながる。
これはイコール、仕事が出来るようで出来ない人になることにつながってゆく。
今、我社では「広告制作工程の見える化」に取り組んでいる。
この目的は社内のコミュニケーションを明確にしてゆくことだが、ひとことで言えば「だろう仕事」を極限まで無くすことだ。
デザイナーは依頼のタイミングが遅れてもやってくれるだろう。お客様は1週間前にアポイントを取ったのだから待っててくれるだろう。
どのタイミングで何を確認するのか自分と相手にはっきりとさせることと、「無知の知」はどこかでつながっているように思えた。
