人間ってのは、「分かりません」と言われるのが、案外苦手なんですよね。
たとえば、「これから株価はどうなりますか」と聞いて、「分かりません」と言われる。
まあ、本当はそれが、いちばん正直なのかもしれません。
でも、なんとなく物足りない。
そこへ別の人が来て、「危ないですよ。もうすぐ大暴落が来ます」と言う。
すると、急に気になる。
さらに、
「今までとは違います」
「歴史的な危機です」
「逃げるなら今です」
なんて言われると、ちょっと待てよ、となる。
さっきまで普通にお茶を飲んでいたのに、急に自分の預金まで、心配になってくる。
いやぁ〜、言葉って、すごいですねぇ。
実際、日本でもアメリカでも、長期金利が上がっています。
政府は国債を発行する。
企業も、AIなどへの大きな投資のために、お金を必要としている。
世の中で、「お金を貸してほしい」という需要が増えれば、金利が上がることはあります。
問題は、そこからなんです。
金利が上がっている。
すると人は、理由を知りたくなる。
インフレなのか、国の借金なのか、AIへの投資なのか、国債が信用されなくなったのか。
いろんな理由が、絡んでいるのかもしれない。
ところが、「いろんなことが絡んでいて、今後はよく分かりません」では、なんとも落ち着かない。
そこで、「金融危機の前兆です」と言われる。
すると、急に話が分かりやすくなる。
「ああ、そういうことか」と。
怖い話なのに、少し安心するんですよね。
不思議なものです。
何が起きるか分からない怖さより、「悪いことが起きます」と言われた方が、まだ形がある。
人間は、正しい答えが欲しいというより、分からない状態から、早く逃げたいのかもしれません。
しかも、金融市場では、この怖さが、本当に市場を動かすことがあります。
「国債は危ないらしい」と思って、誰かが売る。
値段が下がる、金利が上がる。
それを見た別の人が、「ほら、やっぱり危ない」と思って売る。
さらに下がる。
すると、最初は「危ないかもしれない」だったものが、みんなの行動によって、本当に危なくなっていくことがある。
いやぁ〜、怖がって逃げていたら、みんなで出口に殺到して、本当に危なくなった。
そんな話です。
だからといって、「金融危機なんて来ません」とも言えません。
来るかもしれない、来ないかもしれない。
金利の上昇だって、いろんな理由があります。
インフレもある。
中央銀行の政策もある。
国の財政もある。
企業がお金を必要としていることもある。
それを全部まとめて、「もうすぐ史上最大の危機が来る」とまでは、なかなか言えない。
でも、ここでまた困るんですよね。
「分からない」に戻ってしまう。
人間は、これが嫌なんです。
老後のお金は、なくしたくない。
住宅ローンの金利は、上がってほしくない。
株も、できれば下がってほしくない。
せっかく増えた資産なら、なおさら減らしたくない。
だから、未来を教えてくれる人を探す。
「まだ上がります」と言われれば、ちょっと安心する。
「暴落します」と言われれば、怖いけれど、売ればいいという答えができる。
どちらにしても、「分かりません」よりは、動きやすいんですよね。
だから、強い言葉は人気があります。
「バブル崩壊」
「歴史的大暴落」
「今が最後のチャンス」
こういう言葉を見ると、つい開いてしまう。
私も、たぶん「今後は何とも言えません」という動画より、「○月に大暴落が来る!」の方が、気になります。
いやぁ〜。
困ったものです。
そして、市場を動かしている人たちも、特別な人間ではありません。
投資家は、損をしたくない。
会社は、競争に負けたくない。
政府は、景気を悪くしたくない。
中央銀行は、インフレも金融不安も怖い。
みんな、それぞれ自分を守ろうとしている。
誰も、「よし、世界経済を壊してやろう」と思っているわけではない。
それなのに、みんなが一斉に自分を守ろうとすると、かえって市場全体が、不安定になることがある。
人間って、こういうことをするんですよね。
仏教には、「無明」という言葉があります。
何も知らない、というだけではありません。
分からないものを、自分の都合のいい形で、分かったことにしてしまう。
そんな私たちの姿も、そこにはあります。
私も同じです。
株が上がれば、「まだ上がる理由」を探す。
下がり始めれば、今度は「暴落する理由」を探す。
結局、未来を知りたいというより、自分の持っているものを、失いたくないんですよね。
だから、「金融危機が来る」という話を、全部笑うこともできません。
かといって、全部信じることもできない。
本当に難しいのは、たぶん、その間です。
「分からないなあ」と言いながら、そこに居続けること。
慌てて、誰かの断言へ飛びつかないこと。
人間は、未来が見えないことより、未来が見えないままでいることに、耐えられないのかもしれません。
だから、市場でいちばん怖いのは、未来そのものではなく、未来が分からなくなった時の、私たちなのかもしれません。
いやぁ〜。
明日のことが分からないのは、市場だけじゃありませんけどね。
それでも今日を生きている。
考えてみれば、私たちは毎日、ずいぶん危なっかしいことを、やっております。
南無阿弥陀仏。
