ちょっと一言

ちょっと一言

ろ~りぃ&樹里とゆかいな仲間たちが、世界中の各地から収集した、さまざまな逸話、伝聞、エピソード、思わず笑ってしまう一口噺から、ウィットに富んだジョークの数々。
そんな話の宝庫を、みなさん、ぜひ、ご覧になってみてください(^^)/

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スターリン批判が最高潮に達した頃、赤の広場の廟にある彼の遺骸を、別の場所に埋葬し直すことになった。埋葬場所をめぐって議論になったとき、イスラエルから、

「イスラエルを承認してもらえれば、スターリンを埋葬して差し上げますが」

 と云う申し出があった。

 最高幹部会議は、渡りに舟とばかりに、その申し出を受諾しようとしたが、フルシチョフが猛烈に反対した。

「何と云われようと、世界中で、イスラエルだけは絶対に認めん!」

「同志フルシチョフ、なぜそんなに反対なさるんです?」

「あそこでは死者が復活する恐れがある」

 

 アメリカ合衆国大統領を出した以上、旧ソヴィエト連邦の共産党書記長にも御登場ねがおう。

 スターリンの恐怖政治は有名だ。

 その真っ只中での話。

 フルシチョフは無学の叩きあげで、正式なテーブル・マナーなど知らない。クレムリンの晩餐会でも、手づかみで料理を平らげている。

 見かねたスターリンが注意した。

「同志フルシチョフ、ナイフを使いたまえ!」

 フルシチョフはナイフをつかんで立ち上がると、

「誰を? 同志スターリン」

 

リンカーンが暗殺された後、副大統領から昇格して第十七代大統領となったのは、アンドリュー・ジョンソンである。

A・ジョンソンは仕立屋から身を起こし、テネシー州議会議員、連邦下院議員、テネシー州知事、連邦上院議員と、地味ではあるが、着実に政界の階段を上っていった。

彼がテネシー州知事に当選したときのこと、長年の友人である判事が、我が事のように喜んだ。その判事も、しがない鍛冶屋から身を起こして、法曹界で出世した人物である。

その判事は、ジョンソンがテネシー州知事に当選したと聞くと、町の鍛冶屋に出かけて、自分で鉄を選び、自分でハンマーを振るって、暖炉用の火かき棒と十能を作り、ジョンソン知事にプレゼントした。

ジョンソン知事はその返礼に、仕立屋をその判事のところに送って寸法をとらせると、町中で一番上等の布地を選んで、自ら一晩かけて服を縫い上げ、その判事に届けた。