あの滝はなんだろう・・?あの滝の上はどうなっているのだろう・・?ちょっとした気がかりというのは大事だ。気がかりの探索は、日常を飛び越え、一時の冒険へ私たちを誘う。それが何より沢屋にとって、一番大事な、感性なんだと思うのだ。

 風折滝を目にしたのは、遥か昔。まだ沢を始めて間もない2002年にコージと宮ノ谷を溯行。風折滝を見て引き返して来た。風折滝は、70mある直瀑で蓮川、随一の大滝だ。周囲は岩の殿堂のような側壁に囲まれていて、どうやって一体、あの滝の上に出るんだろうか?と、その時、絶望的に見えた。

 風折滝を高巻くのは意外と容易だと、その後、誰かから聞いたのだが、きっとそれは風折滝上への世界への憧憬を再燃させた、川崎実さんだったんだろうと、思う。『秘瀑』には無論、風折滝の写真も収録されていて、併せて「水越谷出合滝」の写真も収録されていた。

 『台高山脈の谷』では、池上昌司さんの記録が掲載されている。大和谷の垣外俣谷の溯行後、風折谷を下降しているのだが、3月末、雪の中、あちこち氷結しており、神経を削る下降だったようだ。そんなわらじのレジェンド二人のエピソードに思いを寄せながらながら、この谷に向かった。

 

 川崎実『秘瀑』を訪ねて─126宮ノ谷(南股)風折谷風折滝/127宮ノ谷(南股)水越谷出合滝─

 

風折滝。

 

 

 

 早朝発で、蓮川ダムに向かうが、睡魔に負けて管理所でしばし仮眠。目覚めると、辻堂橋を渡り蓮峡線を走るが、江馬小屋谷への林道を分けた先で、通行止めのゲートに阻まれてしまう。幸い、移動できたので、更に乗り入れるが、現場は目下、路面整備中で、深く削られ、車両は通行不可能だった。ゲートまで引き返し、手前のスペースに駐車することにした。宮ノ谷登山口に駐車つもりだったが、野江股谷と絵馬小屋谷の中間尾根を下山する予定だったので、行程的に何ら変わることがなかった。

 林道終点から風折谷出合まで、登山道を歩く。宮ノ谷登山道は、高滝の巻きが危険で、池木屋山への尾根ルートが、近年整備されたようだが、沢屋にとっては高速道路だ。小屋を見た先で、桟橋が対岸に渡るが、そこに入るのが風折谷。ここから、登山道と別れて、沢登りとなる。

 

 

風折滝手前の残置垂れ下がる5m。

 

 

 風折谷に入っても、両岸は高く壁の立った廊下で、風格がある。しばらくは、河原が続き、左右に流れを渡りながら進んで行く。やがて、ちょっとした小滝に行く手を遮られる。濡れれば突破できなくないが、滝屋さんが残したものだろうか?右岸にフィックスロープが垂れ下がっているのが目に入った。岩間を潜り、胎内潜りのように這い上がった。敢えて残置には触らず、フリーで登ったが、素人には厳しいのだろう。

 右岸に滝を掛ける枝沢を見送ると、淵のある5m。両岸、壁が高くて、直登するしかないが、これまた左側に無様な残置ロープが垂れ下がっていた。5mを越えると、谷は開け、緩やかに右へ曲がって行く。とすると、新緑越しに遥かな高みから流れ落ちる長瀑が目に入る。

 

 

新緑越しに風折滝。

 

風折滝の高巻きにて。

 

 

 谷は開けているが、周囲は100mはあろうかという城塞のような岩壁に囲まれている。近づいて行くと、風折滝下に、5mの滝が掛かっている。5mを右手からへつり、風折滝下に立つと、爆風で飛沫が霧散され、目を開けることができない。引き返すと、右岸に草付き台地があり、そこから尾根に取り付けそうだ。ここは、下手に攻めずにこの尾根を側壁の高度を越えるまで登るのが賢明だろう。

 尾根に上がると、獣道が続いており、追っていくと、眼下に深く刻まれた谷間と、放物線を描いて流れ落ちる風折滝が展開する。新緑の中に、山躑躅の色彩が目に鮮やかだった。

 側壁上までこの尾根を登って行くと、今度は風折滝の頭へと伸びる小尾根に出る。無難に行きたかったんだろうが、コージは、小尾根を跨いて、上流側の斜面を降ることを主張。しかし、ここは迫りたいと思う私は小尾根を忠実に頭へと下ることを主張した。無論、私の意見が採用された。懸垂下降などせずに、風折滝上部に降り立つことができた。

 

 

風折滝の頭。

 

砥石谷の滝。

 

 

 風折滝上は、ゴルジュ状に釜と小滝を連ね、不意に切り取られた流れと、投げ出された空間がその先に広がっていた。あの時以来、見てみたいという風景・・・望めば案外、容易に手に入れることができたが、望むまで時間の経過という困難があった。しかるべき時まで寝かしておく…機が熟すということが大切だ。

 

 降りてきたところまで引き返すと、釜がありワイドな岩壁に流れる斜瀑3mが現れる。とすると、コージがア●●や~と不意に叫ぶ。「まさかこんなところに?」と思うが、釜を凝視すると、やがて黒い影が岩間から現れ、さっと消えて行った。この先、釜や淵で度々、その影を目撃することになる。大滝の側壁に阻まれ、訪れる者も稀有なこの谷に桃源郷が残されていたのだ。

 3mを右手の大岩の間から越えると、二又となっていた。直進するのは砥石谷で、比較的大きそうな滝が掛かっているのが見える。水越谷は左に折れ、壁を高めていた。進むは、水越谷だが、気になるので、見える滝までピストンする。その滝は、近付くと存外小さく見えて、三段10mといったところだろうか?引き返し、二又で、休憩を入れる。霞が掛かったように見えるのは大量の黄砂、薄曇り空に、鶯がひっきりなしに囀っていた。

 

 

水越谷出合滝。

 

 

斜瀑上の連瀑。

 

10m。

 

 水越谷に入ると、壁が迫り、いかにもゴルジュという雰囲気。期待に胸をときめかせながら壁を回り混んで行くと、豊かな釜の先に堂々とした斜瀑が掛っていた。15mほど、頭には大岩二つ乗っており、その間から流れ落ちていた。右側が登れそうだが、釜に少し浸からねばならない。右岸は・・・と見ると、カンテ状の側壁を登って行くと、頭に乗った巨岩の左側に降りられそうに見えた・・・。ここは、コージと意見が一致し、右岸をこなす。ワンポイント、アスレチックなムーブが楽しい。

 斜瀑上は、ちょっとした連瀑帯となり、小躍りする。めいめい思うようなところを登って行くと、河原となる。左岸から滝となって枝沢が入ると、10mが左を向いて顔を出す。10mを巻くと、白い岩肌に、ナメに、心和らぐ。「来て良かったな」と、コージを目を合わせる。谷そのものの美しさが、この谷にはあった。

 

 

左岸の岩壁に躑躅が咲く。

 

ナメ10m。

 

 

 やがて、左岸に高い壁を見上がる。しかし、谷は河原、右岸はなだらかな斜面、その壁には山躑躅が花を咲かせて、呑気だ。この岩壁を過ぎると、もはや源流という雰囲気となり、苔纏ったゴーロに、新緑が谷間を覆う。ナメ10mは、つつましやかだった。二又は、右を取り少し遠回りし、本谷を忠実に詰める。左を採れば水越のコルに詰めるはずである。

 本谷に入ると、傾斜を高め、涸れ滝を連続させる。稜線が指呼の間に見え、そろそろというところで、右岸の尾根に上がると、ちょっとした登りで、登山道に出た。池木屋山~白倉山への縦走路である。

 

 

水越のコル

 

 

 

江股ノ頭へ。

 

 

 冬場の脚トレで歩いたこともある道だが、水越のコルへ一旦下る時に、そのまま何も考えずに下っていたら、いつの間にか派生尾根に入ってしまっていた。このまま下ると、水越のコルでなく、本谷と水越谷との二又へと逆戻りしてしまう。気付いたところで、トラバースし、軌道修正。水越のコルは広い源頭で、あちこちにバイケイソウの青い葉が生えていた。ここから、江股ノ頭への登り返しがキツい。花粉症対策のマスクで頭が真っ白になり、ゼイゼイ言いながらピークに立つ。倒れ込むように座り、しばし休憩を入れる。

 

 江股ノ頭への稜線は、広く、伸びやかだ。緩やかにアップダウンを繰り返してピークに立つ。1226mピークから南へ、広い尾根筋を下ると、ナンノキ平の台地。真ん中に枝ぶりの立派な巨木が生え、野江股谷や江馬小屋谷溯行時と変わらず、私たちを見下ろしていた。

 変わらず・・・?そう思いたいのは私たちだったのかもしれない。気付かない・・・いや、気付かずにはいられない変化が、この地球にも起こりつつあった。夥しい黄沙が、深い霧となって漂っていた。