5月18日(水)は、天ヶ瀬川水太谷へ。前回は右俣奥ノ左俣を溯行したのだが、今回は奥ノ右俣。源頭には大普賢岳の南壁が立ちはだかる上に、1300m付近にも岩壁帯があり、手強そうだ。前回より1時間ほど早く、6時過ぎに橋桁を出発。



水太覗。

 前回はすぐに入谷としたが二又まで登山道を歩いて時短。右俣に入ると伏流。ゴーロを淡々と登高し、和佐又からの登山道を見送る。やがて、インゼル地形となるかと思えば、実はここが奥ノ二又で、真ん中の体積地が左右に谷を分けている。

 右の谷に入るが、なおも退屈な登高が続く。トラツグミの寂しげな鳴き声が谷間に響く。左岸に白い壁が目につくと、再び二又。奥ノ、奥ノ二又ということになろうか?1050m付近。左右共に滝を掛けているが、まず右の谷の様子を見に行くことにする。


奥ノ奥ノ右俣へ。

 奥ノ奥ノ右俣に入ると傾斜を上げ、ゴーロの合間に滝を掛ける。どれも階段状で容易に登って行けたが、両岸はハングした壁。巻くとなると厄介そうだ。左岸にルンゼを見た先に10mが掛かる。10mの上方には、空間が開け、キラキラ光る壁が見上げられる。
シャワーを厭わなけば直登できそうだが、ひんやり肌寒かったので右のカンテに取り付く。ここは、ザイルの出番。カンテを登り、滝の中断へトラバース。上段は直登した。


奥ノ奥ノ右俣大滝。

 10mの上は倒木が横たわるスラブ。スラブを登ると、目の前に大滝が、姿を現した。水量は滴る程度だが、100mクラスの大滝。二条となり黒い岩肌に光の粒子を眩したかのようにサラサラ流れていた。これが1300m付近にある岩壁記号の正体だった。しばし鑑賞した後、奥ノ奥ノ二又へ引き返す。この大滝の再訪はまた。

奥ノ奥ノ左俣出合。

 一回の懸垂下降を経て出合へ戻る。次は、水太覗にダイレクトに詰める奥ノ奥ノ左俣の溯行。出合には5mが掛かり、登れないので左岸を巻いて入谷する。上の3mを越えた所で谷に戻ると、巨岩帯。これらも巻いて進むと不意に空間が開け、岩壁が展開する。高さは50mほどで被った険悪な壁だ。行き先には、二段の滝が掛かるが、その先は…?下段を登り、一旦、上段の前に立つ。直登もできなくなさそうたが。コージが右岸のルンゼから行ける!と主張するので、ザイルを出してリードで行ってもらう。


二段15m上段。

 難しくはなかったが、抜け口がどれも触れば崩れそうな岩ばかりで神経を使った。しかし、ここが最短の高巻きだろう。二段15mの上は一旦、ゴーロとなるが、前方に大岩壁が聳える。胸の鼓動が高まるのを感じながら登っていくと、大滝が姿を現した。これも100mはあろうかという大滝。光の帯のように岩壁上にテラテラ水を纏わり落としていた。岩壁上部には樹林が覆い被さように生え、ハングしているのが分かる。

100m大滝。

 大滝左岸は屏風状に岩壁が広がり、きっと、先程見た奥ノ奥ノ右俣大滝へと展開しているのだろう。そして、大滝左側には、右岸の岩稜との間にルンゼを食い入らせている。ここは右岸の岩稜から突破口を図ることにした。



左岸の岩稜を登る。

 大滝前から岩稜を回り込むようにトラバースして行くと、樹林の生えた緩斜面となり、そこから岩稜を目指す。モンキーで登って行くと、いよいよ岩場となり、念の為にザイルを出す。コージ、私とリード交代して登りナイフリッジに出る。ストンと切れ落ちた岩場からは、大普賢岳から日本岳にかけての鋭鋒や岩壁、足元にはあの大滝が岩壁からタラタラと流れ落ちる光景を眺めることができた。思わず歓声を上げ、まだこんなスケールある風景が大峰に残されていたんだと思うと感動する。
 ナイフリッジを辿っていくと、広い尾根筋へと合流。そこからトラバースし始め大滝頭を目指す。微妙なところもあり、ここもザイルを伸ばす。大滝上部には断続的にナメが掛かり、倒木掛かる5mの上で谷に復帰した。動画撮影したり、落としたスリングを探しに戻ったりと、やたら時間を食った。


左岸の谷に掛かる15m。

本谷には5mスラブ滝。 

 谷はゴーロだが、両岸には不穏な黒い壁が続いて予断を許さない。左岸から15mの滝を掛けて谷が入ると、5mのスラブ滝で足をとめる。直登は厳しい。幸い小さく巻くことができ5m上に出ると、さらにスラブが続いていた。フリーで快適にどんどん登っていくことができたが、この谷、ヌメリがほとんどないんでラバーを履いた方が格段に良かったことだろう。



いよいよ核心部へ!

 スラブを登っていくと20mの登場。上部はボコボコと瘤のような張り出しを見せている。両岸は無論、壁である。しかし、見た目の悪さに対しここも存外簡単に高巻くことができた。左岸の笹薮からトラバースし、谷へ復帰。谷は、再びスラブが展開し、その先に大岩壁が展開するのが見て取れた。それも、今までとは格段に違うスケールの岩壁。いよいよ、水太覗の核心部へと足を踏み入れるのだ。
 両岸は草付きスラブが擂り鉢状に広がる。許された進路は谷中のみ!フェルトのフリクションを確かめながらスラブを登り、いよいよ傾斜を増した所でフェルトではこれ以上突っ込むには憚れ、ザイルを出すことに。コージがリードで登るが、砂利の乗ったスラブは滑りやすい。リスも乏しく、ハンマーでほじくり出しようやくハーケンを決める。20mのスラブ滝は、上部は立っており、最後は右岸の笹薮に逃れた。


水太覗へ。




 谷に戻るとスラブは水太覗の基部まで更に続いている。コージはどんどんフリーで登って行くが大丈夫かな?と思いながらついて行くと、ふと足を止めた。ちょっとした乗り越しがあり、そこでザイルを出すと言う。見ると、右手の草付きが容易にこなせそうだったので、私がリードを引き受ける。プチプチ千切れる草をホールドに斜面を登るが、こういうのはお手のもの。灌木にランナーを取ることができたら、草付きから谷へトラバース。倒木横たわるスラブを更に登ったところでピッチを切った。

 眼の前には圧倒的な水太覗の岩壁が広がる。左右にルンゼ状のコーナーを有するが、各所に大ハング帯を形成している絶望的な壁。これを高巻くにしても、屏風状に岩壁が広がっており、地形図を見ても、相当な迂回をせねばならないように思えるのだが…。見回すと、右岸に笹薮斜面があり、そこに獣道が通じていた!



 獣道はやがて切れ落ちた岩稜に出たところで、はたと消える…。しまった!稜線から降りてくるものでなく、登ってくるものだったのか??しかし、この岩稜、樹林が阿弥陀籤のように続いていて、上手い具合に繋いで登ることができれば、稜線に出ることができるかもしれない。引き返すにせも、かなりなアルバイトになるし、今更引き返す訳には行かない。
 ここでザイルを出し、コージのリードで岩稜の弱点を探しながら登っていく。壁に行手を塞がれる度に、右に左にトラバースし、樹林の繋がりを追いかけること数ピッチ…不意に姫笹茂る緩斜面に飛び出た。もうザイルはいらない。
 しかし私は脱水症状で足に力が入らず、稜線までザイルを伸ばしてもらうことにした。フェルトでは足が滑ってならなかった。足の裏や太腿が何度も痙攣を起こす。



 ほうほうの体で稜線に踊り出た時には、西の端へ太陽が沈みゆくところだった。山腹は、蒼から群青色へと深まりを見せ、姫笹や石楠花は金色に輝く。どかっと仰向けになると、輝く星を見付けた。
 後は登山道を辿るだけだか道のりは長い。やがて、暗闇となりヘッドライトを灯す。照らされて逃げる鹿のお尻や光るタヌキの目。再び水太谷に降り着くと、トラツグミの鳴き声が谷間に響いていた。