往古川は枝沢にも個性的な沢が多く、楽しめる。昨年訪れた寺谷も強烈な個性光る谷だった。

往古川流域で取りこぼしている沢の中で、鬼丸谷が今回の溯行舞台として白羽の矢がたった。

 

 “鬼丸谷”、その名前が物語るように、地形図を見ると、鬼でも棲んでいそうな急峻な渓相を示している。

ネット上での記録も稀有で、以前どこかのサイトで目にした記憶があったが、探してみても

見当たらなかった。これは調査が必要だ・・・・しかしながら、まさか、敗退を喫することになるとは、

思っても見なかった。

 

 

鬼丸谷出合。

 

 

早朝発で、南紀・海山に向かう。往古橋から見る風景は心時めかす。林道に入り、

久瀬谷出合のスペースに駐車し、しばらく林道を歩く。適当なところで斜面を下って往古川に

降りると、大岩があってその上流に堰堤が見えた。ここ数日の大雨で、増水しているようだ。

大岩の下流が比較的流れが緩いので、そこから渡渉し、鬼丸谷出合に立った。

 

 

最初の5M。

 

ゴーロが続く。

 

 

 出合は河原で、飛び石で進んで行くと、さっそく5mの登場。シャワクラ覚悟すれば登れるが、

しこたま濡れそうなので、右岸のバンドをトラバースして超える。5m上はナメとなっていた。

 谷はインゼルとなり中洲を形成している。中洲を越えると、ゴーロとなって、高度を上げる。

辺りは照葉樹が生い茂り、その枝に絡みつくように藤が蔓を伸ばしている。その野性味と、紫の花の

上品さが、ミスマッチしていた。

 何かを期待させるが、結局、ゴーロの登高が延々と続く。滝と言っても、岩間やCSばかりで、しかも

インゼルから容易に巻けてしまう。やがて、右岸に植林を見ると、台地があり、瓶の破片を見付ける。

もしかしたら、小屋がかつてあったのかもしれない。期待を裏切り続ける溯行に、このまま終わってしまう

のではないか?という、危惧が脳裏をよぎる。

 

 

7m。

 

 

二条6m。

 

10m。

 

 

 

 台地を過ぎると、ようやく滝らしい7mが登場。コージが直登しようと近づいていくが、

私が早々巻きに掛かるのを見て引き返してきた。左岸にガレが入ると、大岩の合間から流れ

落ちる二条6m。これは右岸から巻くと、岩間滝が続く。滝としたが、通常の水量なら、

水は流れていないかもしれず、結局、単調なゴーロの登高が続いた。

 しかし、左岸に巨木が佇むのを見たあたりから、渓相が変わる。谷は傾斜を上げて駆け上り、

右岸側は岩を重ねるが左岸側は10mを掛ける。振り返ると、急傾斜で谷が登っているのが分かる。

 10mを越えると、一旦開け、前方に鋭いピークを仰ぎ見る。まるで、鬼の牙のようだ。ここから、

渓相が一変したのだった。

 

鋭鋒を仰ぎ見る。ここから牙を剥く。

 

 

大岩乗る10m。

 

ゴルジュ内6m。

 

 

 鋭鋒が分けるルンぜを右岸に見送ると、低いながらも両岸壁となる。

目の前には大岩乗る10m。直登するとなると、手を焼きそうだが、容易に右岸をこなすことができたが、

その上で壁が迫り、6mが掛かる。直登しか術がなさそうだ。

 コージは水流のラインを逡巡していたが、左側の窪状がいけそうだと思い、ズルズルのところを私が

フリーで登る。草付きを摑みんで、灌木をデットで捉えて、頭に滑り込む。コージはお助けを求めた。

 しかし、次は岩間3mが立ちふさがる。シャワーか、左岸の脆いリッジを巻くしかなさそうだ。

濡れたくないのでリッジを躊躇っていたら、コージがさっさとシャワクラしていった。もう濡れたくないとか、

言ってられないので、私も突っ張りで水流を登る。

 

 

両岸100mはあろうかという壁。

 

 

谷間は岩が埋める。

 

 

 

巨大CSが行く手をふさぐ!

 

 

 

 6mを越えると、谷は開け、両岸は100mはあるかという壁となる。オーバーハングしており、谷間に被さるように

聳え立って、圧迫感がある。高巻くなど不可能な地形だ。谷間には累々と大岩が積み重なり、

ここで初めて、この谷の名前に「鬼」が付く所以を知る。

 行く先の不安を抱きながら、ゴーロを登って行くと、とうとうその不安が的中。巨大CSが五つ、

ゴルジュの奥で積み重なっていた。その合間を登って行くことができるかもしれないが、被っており

厳しいネイリングとなりそうだった。

 

 

 

左岸を高巻く。

 

 

高巻き中、八丁滝を遠望。

この時、気付かなかったが、後に、

八町滝が大崩壊したことを知る。

 

 

 コージと相談し、ゴルジュの入口まで戻って、高巻きルートを探ることにした。3mまで戻ると、左岸にバンドがあり、

トラバースしてみると、尾根状地形に出て、その尾根沿いに樹林が生えていた。樹林を追って尾根を

どんどん登って行くが、とうとう壁になってしまう。トラバースしてみると、どこも切れ落ちており、

弱点はその尾根しかなさそうだったので、ザイルを出して登ることにした。

ここは、コージがリードする。

 ところどころ生えるブッシュを手掛かりに1ピッチ登ると、いよいよ壁が立ってきて、

万事休す!コージは尾根から一旦ルンぜをトラバースすれば、灌木を追って登っていけそうだ、と言う。

「う~ん?」を渋っていると、コージが谷側にバンドが伸びている、という。しかし、谷側は、ゴルジュ内で

見上げたあの壁があるはず。どうせ行き止まりになるだろうと思ったが、取り合えずは容易そうなので、

見に行くことにした。

 バンドをトラバースして行くと、案の定、突き当りで切れ落ち、行き止まりとなってしまった。「どうしよう?」と、

コージを見ると、ザイル出して尾根を登れるという。しかし、時間は11時過ぎ。この先、何ピッチ、

ザイルを出すのか分からず、例え上手く高巻けたとしても行程的に下山遅れになる見込みが高かった。

このご時世、遭難騒ぎは避けたかったので、引き返すことにした。(後編に続く)