昨年の9月18日に溯行し、見事な敗退を喫した丸塚谷一ノ沢左又。

今年11月21日に再訪し、核心45mの登攀に成功し、完全溯行を果たすことができた。

 

 

丸塚谷一ノ沢左又核心部。

 

 

 

 そもそも何故、このようなマイナー渓に目を付けたかというと、

昨年のレポにも書いているが、『溯行』20号に茂木氏が丸塚谷の各支谷を

調査されている記録があり、二ノ沢出合に掛かる100mの連滝帯が未溯行だった為に興味を持った。

色んな誤解が重なって、期せずして一ノ沢左又に、その時入ってしまったのだが、

この谷も、調査から漏れている未解明区間だった。

 出合から高低差150mほど、短いながらも、そこには想像を絶するゴルジュが展開しており、

奇しくも未踏(未登)のゴルジュに足を踏み入れることとなった。

 しかし、核心45mの突破に苦戦し、撤退中、落石事故を引き起こすという屈辱的な敗退を喫することになった。

 

その時のレポ↓

https://ameblo.jp/sanryou-to-keikoku0809/entry-12414705736.html

 

 

 

核心部はルンゼからの突破を図ったが・・・。

 

 

 

 気が付けばあれから一年以上が経ち、沢シーズン閉幕もいよいよ秒読みとなった11月。

加茂助谷も奥八人谷も今年を締めくくるのには、丁度良い山行だったのかもしれなかったが、

今年中に因縁の一ノ沢左又に何としてもケリを付けておきたいという思いが拭い切れなかった。

 

 二人が休みを合わせたのは21日。ラジオでは、日本各地で今シーズン最低気温を記録した

とのニュースが流れており、林道駐車地に9時半に到着した時にも2度しかなかった。

 その積りでいたせいか、準備を済まし、林道から尾根を下り、沢床に下り着くと、

ほのかに汗を掻いて、暑い位だと思う。

本流から一ノ沢に入り、しばらくゴーロを登高すると、右岸に左又が入る。

出合は小さな間合いで、冴えないゴーロとなっている。

この先に、あんな壮絶なゴルジュが待ち受けているとは一体、誰が想像し得ようか。

 

 

 

最初の関門のCS8m。

 

 

 

 出合からCSが相次いで掛かり、昨年訪れた時はシャワクラで直登して行った。

しかし、今日は濡れるのは極力避けたいので、右側のゴーロから巻いていくと、CS8mで、

はたと行く手を遮られる。暑い時期はシャワクラで突破が爽快だが、今回はザイルを出して、

右岸の凹角に取り付く。狭いバンドを回り込むと、上手いこと頭に登り出ることができた。

右岸を巻くにせよ、いずれにせよ、最初にザイルの出番となるところだ。

 

 

 

 

 

 

 CS8m上で、谷間がぐっと狭まり、両岸には百メートルあろうかと言う岩壁が聳え立つ。

見事なスリット式ゴルジュが展開し、チムニー滝を連続して掛ける。最初の二つはトラバースで

何とか濡れずにこなすことができたが、6mは弱点が水線しかない。

レインコートを着込ん、心に決めるが、頭からシャワーを被ってしまった時は、ガッカリだった。

 

 この時期になれはめっきり水量が減って、シャワーも避けられるかもしれないという淡い期待は

見事に裏切られてしまった。先程まで暑いなんてボヤいていたが濡れてしまうと、

ヒリヒリするほど冷たい。左側に岩の乗った4mを乗り越えると、いよいよ一ノ沢左又ゴルジュの

核心部へ。ここで急激に谷は左に折れて、大滝を掛ける。

 

 

ゴルジュ核心部へ。

(ブレた写真しか撮れてなかった)。

 

 

 ここで、ザイルを出して、大滝下部、左側のカンテを登る。昨年来た時は、相当シャワーを浴びたところなので、

ある程度は覚悟していたのだが、思ったほど水量は減ってくれてはいない。しかも、忘れてしまっていたのだが、

取り付くのに釜を渡渉しなければならず、今まで足先だけは濡れずにいれたのだが、どうしても避けることができなかった。

 

 無論、ここまで来ておいて今更、引き返す訳がない。コージがリードで登り、カンテから流芯を頭に浴びて、

バンドをトラバースし、直進するルンゼに一旦入る。水流から逃れて、ひと心地着くが、濡れた指先、足先が、

ヒリヒリする程痛い。更にチムニーを奮闘的クライミングで突破すると、ルンゼは緩傾斜となり安定する。

 

 

 

核心45mをルンゼから見て。

 

 

 

ルンゼから悪いスラブのトラバース。

 

 

 

 昨年、来た時はルンゼを直上することになり嵌ったのだが、突破口はやはり滝にしかない

という二人の意見が一致した。しかし、滝に迫るには、悪いスラブのトラバースをこなせねばならない。

そのスラブのセクションは、プロテクションに乏しそうだし、いつ行き詰まるのか分からない。

そう、あの先は、誰も行ったことのない世界。

 

 ここで沢靴からクライミングシューズに履き替え戦闘モード。

ルンゼからブッシュを掴んで思い切ってスラブへ一歩を踏み出すと、穿きだしになった空間に放り出される。

 コージはそこで色々ムーブを逡巡していたようだが、意を決して前進して行くと、

ここからは見えなくなってしまった。しばらくして、解除のコール。私もクライミングシューズに

履き替えて、後に従う。

 

 

 

 

 フォローでもできない、なかなか悪い数手があり、良くぞコージはここを登ったと思った。

行けるかどうかの保証などない。誰も行ったことがないところにルートを切り開いていく勇気。脱帽しかなかった。

 

 詰まる不安に耐えつつスラブを登っていくと、奇跡の導きのようにバンドが通じていた。

バンドをトラバースし、滝に近づいていくと、滝下から続く凹角に出る。

凹角は滝の頭まで続いているようが、ここを登るのは妥協した感じなので、一旦、凹角に乗ったCS上に出る。

 

 

凹角からカンテへ。

 

 

 

 妥協はしたくない。CSから更に滝身へ迫るラインを選んだ。CSからトラバースし、カンテに出る。

カンテを回り込むと水流だが、そこで再びコージの姿は見えなくなってしまう。

トラバースなので、どうしても登攀の格好いい写真が撮ることができないのは仕方がないのだが。

 カンテを回り込むと、予期通り緩傾斜となって、快適な階段状を下段頭へと登り出る。

予期通りの展開となって、ほくそ笑むが、もはや指先は何を持っているのか、全く感覚がなかった。

指先の感覚が回復するのに、数日を要したので、まるで冬季登攀した時のような軽い凍傷だったのだろう。

 

 

核心45m上段の登攀。

 

 

 

 

 ゴルジュの出口までは、あと僅か。残すは5m上段の登攀のみだが、左側にCSの乗ったその直瀑は、

滝身はヌメヌメで、そう容易くは突破させてはくれない。ここもコージにリードを託すしかない。

選らんだの、右側のカンテラインで、カンテから人工登攀で、窮屈なバンドに這い上がる。

バンドに上がったものの窮屈で、バランスとるのが難しい。際どいバランスでそのバンドを

トラバースして行くと、上段滝の頭へと登り出た。

 

 

上段頭から見下ろして。

 

 

 

 ビレイするコージと落ち合うと、握手を交わす。じわじわ湧いてくる充実感。

直登できるとは思ってもいなかったが、文句なしの形でリベンジを果たすことができた。

それにしても、こんな所に、こんな素晴らしいゴルジュがあるなんて!

 

 上多古川の勝負塚ルンゼの初登もそうだったが、そもそもが入谷地点を間違えることがキッカケだった。

勝負塚ルンゼも、丸塚谷一ノ沢左又も、間違いがなければ、そもそも足を踏み入れることにはならなかった。

 

 入谷地点を間違うなんて、沢屋の初歩的ミス。ちまたの沢屋の失笑を買うことだが、そのお陰で、

二つの未解明の谷に足を踏み入れることができた。

そう思うと、間違いは、それは間違いではない。

 

 いや、そもそも間違いや正解なんて、沢登りにはない。人の記録を読み、その通りのルート選択をしっかり行い、

ハプニングなしで、無事に下山・・・それで果たして、真に沢登りをしているのだろうか?と思う。

レジャーと冒険との狭間にある沢登り。少しでも冒険的であろう欲する自分は、そう思うのだ。

 

 それにしても、昨年の一ノ沢左又での落石は、一歩間違えばコージが亡くなっても

おかしくない事故だった。本当に、ヤバかった。

今年年始には私は流産という悲しい経験をしたし、

秋口には癌かもしれないという腫瘍が見付かり、命の危うさ、儚さを痛感した一年だった。

それらの出来事を乗り越えての完登で、感慨はひとしおである。

 

 

 

林道に出て。

 

 

 付記:

 出合付近や、ゴルジュ出口付近には導水ホースが伸びていたり、谷合いをワイヤーが渡っていたりするので、

その界隈で作業していた杣人には知られていたと思われる。

 

 レポには、書いていないが、この山行ではコージがハンマーを持ってくるのを忘れていて、私のをやりくりして登った。

なので、短くピッチを切り、ザイルを通じてハンマーをやり取りした。そのせいか、ハンマーをゴルジュ終了地点に

置き去りにしていることに後日気が付き、一人で取りに行くことになった。