2010年11月19日のつづき。
弾丸のように店から飛び出してきたのはアクセル・ローズ(GUNS N'ROSESのヴォーカリスト)ではなく、べっ甲フレームの眼鏡男性(CDショップ「サウンド××」の店長)であった!
僕の手からも友人の手からもポスターをもぎとり、べっ甲フレームはギロリ、と音が聞こえるほど殺意の籠もった視線で、
「これはCDを買った人の(もらえるもの)っっ!!」
と、熱い熱い鼻息とともに言い放ったのである。「図々しい」、と独り言のような捨て台詞を吐き捨てたのも聞こえた。
そしてべっ甲はくるりと背を向け、右手にガンズ、左手にコムという勇ましき姿で、のっしのっしと店に戻っていったのであった。
いや……それなら「ご自由にお持ち下さい」って書かないでよ。
あの頃、僕は純粋だった。
今現在の僕が同じ仕打ちを受けたら、「二度とこんな店来るかボケー!」と思って実際そうしたことであろう。
しかし繰り返すが、あの頃僕は純粋だった。
だから腹も立たなかったし、あろうことか、そのときはっきりと思ったのは、
「自由にお金が使えるようになったら、この店でしこたまCDを買おう!」
というキラキラした決意だった。
近年ならいざ知らず、当時の高校生にとって、CDアルバム一枚というのは手痛い出費だ。当然、自由に買えるものじゃなかった。
だからいつか……どれくらい先かはわからないけどいつかきっと、CDを好きに買えるくらいの身分になったら、この店でじゃんじゃんCDを買おう、そしてホクホク恵比須顔のべっ甲眼鏡から、「ボンジョビ」とでも書かれたポスターを貰おうじゃないか――健気というか汚れを知らないというか、ともかく、あんなオッサンでも喜ばせてやりたいと、あの頃の僕は願ったのである。
それから間もなくして僕の家は引っ越した。といっても市内だから高校は変わらなかったものの、最寄りの駅は変わってしまった。身も蓋もない言い方をすると、あの頃の駅よりはいくらかマシな――周辺にCDを売っている店が複数あるような駅が拠点となったのだった。
なのでもう、べっ甲がやっているCD屋へ行く必要はなくなった。
そもそも、あの駅に近づくことすらほとんどなくなった。
やがて大学に進学するとアルバイトもするようになり、いささか懐が温かくなったので望み通りじゃんじゃんCDを買うようになったとはいえ、例のショップで購入することなど一度もなかったのは言うまでもない。
……純粋でキラキラしていたかもしれないが、それは無責任な決意でしかなかったわけだ。
最近、実にひさびさにその駅に行く用事があった。
ふと、足を止めて、べっ甲眼鏡が飛び出してきた店の看板を見上げた。
やっぱり……。
駅前はすっかり様変わりしており、当然のように店は潰れていた。跡形もなかった。
あと、隣の本屋も潰れていた。