しぱーん! | 葛山麓

葛山麓

そして引っ越した!

 ある晴れたゴミ出しの日の朝、燃えるゴミや破れた夢や過去の栄光などが爆発寸前にまで詰め込まれたビニール袋を提げ、僕はエレベーターに乗り込みました。下りボタンを押します。僕が住んでいる集合住宅は、一階にゴミ収集所があるのです。
 途中の階で、三人連れが乗り込んできました。いずれも女性です。三、四歳と思わしき女の子と、その母親らしき人と、さらにその母親(女の子からすれば祖母)らしき人、このうち、大人二人はそれぞれゴミ袋を下げております。娘母親おばあちゃん、仲睦まじきかなそろってゴミ出し、といったところでしょうか。「おはようございます」と挨拶したら、大人二人はボソボソとなにやら呟くにとどまり、女の子だけが「おはようございます」とちゃんと応えました。

 母親らしき人の豹柄の上着、祖母らしき人の玉蜀黍ヒゲ色に染められた髪などを一瞬だけ視界に入れた後、階数表示の文字盤をぼんやりと眺めたりしていたら、やがてエレベータは一階に到着しました。
 そのとき、なにやら女の子がもぞもぞとしたようです。
 で、いきなり、

 しぱーん!

 文字に起こすならもうこう表現するしかないほどに、乾いた大きな音がしました。
 祖母が女の子の頭部を思いっきり叩(はた)いたのです。
 女の子がなにかやらかしたんでしょうか。見てなかったのでよくわかりません。
 こういう場面、見たことがないとは言いません。母親が叩いたのならまだわからないでもない。
 しかしお祖母ちゃん、あんたがそれをやるか。

 ところが女の子はべつだん動じたりもせず、祖母からゴミ袋を受け取って小さな両腕に抱くと、とてとてと歩いて集積所まで歩いていきました。
 ゴミを捨てると三人連れだって、無言のままどこかへ行ってしまいました。

 だからなんやねん? と言われると回答に窮しますが、ともかく、たちまち目が覚めたのだけは確かです。