安土城の天守台跡を見た後今まではそのまま来た道を引き返していましたが、今回は西側へ降りていく道を歩いてみました。

 そしてこの信長公本廟というのが目に入って立ち寄りました。安土城のHPには下記のような説明がありました。

HPは” 安土城跡 | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]滋賀・びわ湖のすべてがわかる! (biwako-visitors.jp) 

【天主跡西下の伝二の丸跡に信長公の本廟がある。重臣・羽柴秀吉は天正十一年一月三法師に年賀を表すべく登城し、翌二月、信長公ゆかりの安土城二の丸跡に太刀、烏帽子、直垂などの遺愛品を埋葬して本廟とした。

そして六月二日の一周忌には、織田一族や家臣を集め、盛大に法要を行なった。
これにならって、現在でも毎年六月二日には信長忌として、摠見寺(仮本堂)にて法要を行なっている。】

 安土城が焼失した後も秀吉が訪ねてきていることが分かりました。

その法要を行っている摠見寺跡なども残されていました。今は徳川家康邸跡に建てられているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

摠見寺跡

 

 

 

西の方には近江八幡(たぶん)の湖沼と山が見えていました。

 

 

 

 山々の一番西側には屋敷の屋根のようなものも見えていました。のちに豊臣秀吉の甥っ子秀次の居城になった屋敷ではないでしょうか。いろいろと戦国時代の歴史が頭を巡ります。

 

三重塔

安土山の中腹にある三重の塔は、三間三重で室町時代の享徳三年(1454)に建立された。国の重要文化財に指定される。

 

 

 

 

 

二王門

国の重要文化財である二王門も室町時代の建立で、信長公の命で甲賀から移築された。門内に安置される金剛力士像も同じく国の重要文化財。

 

 今回の訪問は年老いた者にとっては簡単に訪問出来る場所ではなさそうなので今回訪問出来てよかったです。