いつもありがとうございます。今回は100回記念として、東京都電車をお送りします。

※Twitter(現 X)での投票の結果、マイテ49が99回、都電が100回となりました




1882年6月25日、新橋と日本橋を結ぶ東京馬車鉄道が開業しました。馬ではありますが、日本初の私鉄です。

軌間は1372mmです。19世紀初頭のスコットランドで発祥したものの、1860年代には滅びました。それが東の島国で突如出現し、2024年現在もなぜか使われています。

同年中に日本橋と上野、浅草を結ぶ環状線を開業し、現代のタクシーくらいの料金を取りながらも営業しました。

しかし馬を使うものですから、道路を壊し汚しと社会問題となりました。そのため1903年、東京電車鉄道として路面電車への転換を果たしました。

同年に数寄屋橋と神田橋を結ぶ東京市街鉄道、1904年に土橋と御茶ノ水橋を結ぶ東京電気鉄道が開業し、各々路線を拡張しました。しかし乗客にとっては乗換のたび運賃を支払う不便がありました。

そのため1906年に3社が合併し東京鉄道となりましたが、同時に実施された運賃値上げと日露戦争の増税や物価高が重なり、市民が暴徒化するという事件が発生しました。

同じ頃の大阪では1903年に市営電車が開業しており、東京市も路面電車を市営化しようとしました。ところが揉めに揉め、ようやく1911年8月1日に東京市電気局の東京市電となりました。




三ノ輪王電ビルヂング 1927年完成


それから数週間後の8月20日、王子電気軌道という新たな路面電車が大塚〜飛鳥山上を走り出しました。

この路面電車は1932年までに三ノ輪〜赤羽と王子駅前〜早稲田の2路線を開業しました。

1942年、戦時下の電力統制と交通統制により、王子電気軌道と城東電気軌道(江東地区の路線、1938年東京地下鉄道に合併)が東京市電に買収されました。翌1943年、都制施行により東京都電となりました。旧王電線は戦時下での不要不急路線に該当せず、廃止にはならず終戦を迎えました。


1955年頃には最盛期を迎え、路線の営業キロは213キロ(≒東海道本線東京〜金谷、東北本線東京〜須賀川)まで発展しました。しかし1960年代のモータリゼーションにより道路は埋め尽くされ、営団地下鉄や都営地下鉄などの大量輸送ができる高速度路線が建設された結果、1972年にほぼ全ての路線が廃止されました。


王子電車改め27系統(三ノ輪橋~赤羽)、32系統(荒川車庫前~早稲田)も1971年度までに廃止の予定でした。しかし(王子駅前~赤羽を除くと)専用軌道が9割を占めること、並行道路でのバス確保の難しさなどから、存続した方が得とされました。

1972年11月12日の第七次都電撤去により王子駅前~赤羽が廃止され、東京都電車は27系統(三ノ輪橋~王子駅前)、32系統(荒川車庫前~早稲田)のみとなりました。


1974年10月1日に27系統、32系統を統合し「荒川線」とされました。

1995年には戸籍上の三河島線(三ノ輪橋~熊野前)、荒川線(熊野前~王子駅前)、滝野川線(王子駅前~大塚駅前)、早稲田線(大塚駅前~早稲田)が統合され、線籍としても「荒川線」となりました。

2017年4月より愛称として「東京さくらトラム」が使用されています。実際には季節や場所によりバラやあじさいなども楽しめます。

専用軌道がほとんどなので他所とは雰囲気が異なりますが、発車の合図に伝鐘を鳴らすので紛れもなく「チンチン電車」です。



そのような経緯があり今日も走る荒川線。他線区に影響を受けず独自の進化を遂げています。




Nゲージではプラ完成品がMODEMO(ハセガワ)、鉄道コレクション、トラムウェイで製品化されています。



6000形

戦時中に都電は600両以上を失っており、大量の車両投入が急務でした。

そのため6000形は1947〜52年に290両が製造されました。また3000形242両と4000形117両が6000形と同形の車体に更新されています。

都電の1372mm軌間の全域で使用され、いわば「戦後の都電の顔」という存在にまでなりました。1959年頃には緑+クリームの金太郎塗装から、黄色+赤帯に変更されています。

1972年以降も荒川線には13両が在籍し、ラッシュ時や代走で1978年まで活躍しました。6152号車は1978年のワンマン化以降も事業用車として残存し、この際6191号車と台車を交換したとされています。1986年に営業運転に復帰、1988年に旧塗装に戻され、2001年までイベント用車両として活躍していました。

現在は6152号車以外に5両の静態保存車があります。うち4両は荒川線で1978年に廃車となったものです。


MODEMO

NT1 6044(黄色)

NT3 6152金太郎塗装


NT72 6157金太郎塗装

付属ステッカー

系統板 [3][5][6][8][9][10][13][20][22][32]

方向幕 [中目黒][江戸川橋][飯田橋][品川駅][新宿駅][水天宮前][渋谷駅][浜町中ノ橋][新橋][銀座][日本橋]

          [巣鴨][南千住][荒川車庫][早稲田][永代橋][目黒駅][築地][三田][雷門] 各3枚

          [須田町] 6枚


系統番号収録分 対照表 (説明書から引用)

3:(出庫時のみ三田〜)品川駅〜飯田橋  担当:三田

5:目黒駅〜永代橋  担当:目黒

6:渋谷駅〜新橋  担当:青山

8:中目黒〜築地  担当:広尾

9:渋谷駅〜浜町中ノ橋  担当:青山

10:渋谷駅〜須田町  担当:青山

13:新宿駅〜水天宮前  担当:大久保

20:江戸川橋〜須田町  担当:神明町

22:南千住〜新橋、雷門〜新橋※臨時系統  担当:南千住

32:荒川車庫〜早稲田  担当:荒川


系統番号未収録分 対照表 (1962年10月系統図より両端の駅名のある系統のみ抜粋)

1:三田〜雷門※臨時系統  担当:三田


始発終着駅名別索引(1962年10月現在)

中目黒:8

須田町:10、20、24、29、30

江戸川橋:20

飯田橋:3

品川駅:1、3、7

新宿駅:11、12、13

水天宮前:13、21

渋谷駅:6、9、10、34

浜町中ノ橋:9

新橋:6、22

銀座(二丁目):4

銀座(七丁目):40

日本橋:29

巣鴨(車庫前):35、41

南千住:22

荒川車庫:32

早稲田:32、39

永代橋:5

目黒駅:5

築地:8、36

三田:1、2、3、37

雷門:1、22




鉄コレ



TR021 6191(黄色) 2012年12月発売

1950年11月15日 日本車輌製

同月16日 南千住車庫所属

1970年8月1日 転属 荒川車庫

1978年4月27日 廃車

1981年7月22日 静態保存 府中市立交通遊園


印刷済系統板:[荒川線]

印刷済方向幕:[三輪橋]

付属ステッカー(東武日光軌道100形と共通)

系統板 [4][6][27] 各3枚

方向幕 [早稲田][銀座][新橋][赤羽] 各3枚

側面サボ [三輪橋町屋駅荒川車庫王子駅大塚駅早稲田]

[早稲田大塚駅王子駅荒川車庫町屋駅三輪橋]

[銀座新橋赤羽橋古川橋五反田駅]

[新橋虎ノ門溜池六本木高樹町渋谷駅]

[赤羽神谷町三丁目王子駅前荒川車庫町屋三ノ輪橋]

[(無表示)] 各3枚

[中程になってもう一歩] 6枚


系統番号収録分 対照表

4:五反田駅〜銀座二丁目  担当:目黒

6:渋谷駅〜新橋  担当:青山

27:三ノ輪橋〜赤羽  担当:荒川

荒川線:三ノ輪橋〜早稲田  担当:荒川




TR079 6181(黄色) 2020年3月発売

1950年 製造

1978年 廃車

時期不明 静態保存 熱海城(6189号車との2両)

1993年頃 解体


印刷済系統板 [荒川線]

印刷済方向幕 [早稲田]



6063 神明都電車庫跡公園 2023.2.20

1978年まで荒川線に在籍しました。電動貨車の乙2号と共に保存されています。再整備を受け、2023年に綺麗な姿となりました。日時や時間帯指定で車内を公開しています。


6080 飛鳥山公園 2017.8.17

1978年まで荒川線に在籍しました。整備はされているものの、日中は常に子供の遊び場となっているため、ガラスは撤去もしくはアクリル板に交換されています。

大型方向幕仕様で、Nゲージの完成品にはありません。


6086 荒川車庫 2017.8.17

青山、南千住、三田、巣鴨、神明町、大久保、三ノ輪、駒込と転属し、1978年まで荒川線に在籍しました。江東地区と杉並線を除くほとんどの路線を走った都電マスターです。

個人宅で保存されていましたが、2008年に荒川車庫に移設されました。以降、荒川車庫の一般公開で姿を見せています。

大型方向幕仕様で、Nゲージの完成品にはありません。


6152 あらかわ遊園 2022.6.12

2001年まで荒川線に在籍しました。2003年にあらかわ遊園に移設、2022年より「カフェ193」として活用されています。


6162 南大塚公園 2022.6.10

青山、大久保、荒川と転属し、1971年まで錦糸堀車庫に在籍しました。移設後しばらくして青帯化、また1991年に方向幕が埋められています。2016年に赤帯に戻されました。

かつては近所の商店に鍵を借りて立ち入れたようです。2023年からは毎週水曜日の日中に車内を公開しています。






6191 府中市郷土の森公園 2023.5.19

1978年まで荒川線に在籍しました。廃車時に6152号車と台車を交換したとされています。

1990年代の整備で京王6000系似の塗装になったものの、その後荒廃していました。2000年代に補修作業が始まり、現在も進行しています。ただ屋根が無いことがネックです。



7000形•7700形

1954〜56年に新製もしくは1000形•1100形の機器流用で93両が製造されました。

初期は黄色に赤帯の丸みのある車体でした。正面2枚窓ですが、初期19両は3枚窓に改造されました。

2024年現在、1次車の2枚窓グループが2両静態保存されています。

2次車のうち10両は1970年に函館市交通局1000形となり、2010年に引退しました。


3次車(7051〜7093)のうち31両は1972年以降荒川車庫に所属し、1977•1978年にはアルナ工機製の車体に更新されました。

1991年から少しずつ廃車となり、2017年までに全車が引退となりました。4両が豊橋鉄道に譲渡、4両が静態保存されています。

2000年代初頭からシングルアームパンタに換装した車両が5両ありましたが、2011年頃に8500形に転用し、7500形の廃車発生品の菱形パンタに再度載せ替えられました。

2015年から後述の8900形が導入されましたが、財政難により当初計画の半数の8両の製造で打ち切られました。

残りの8両は7000形を8900形の機器で更新した7700形の投入で補いました。


MODEMO

初期車体

NT7 7057 黄色

NT19 7063 金太郎塗装

(NT10 函館市1007 都電黄色)

更新車体

NT34 7007 更新車•旧塗装 非冷房

NT45 7003 更新車•標準塗装

NT91 7022 更新車•旧塗装2005 シングルアームパンタ

NT106 7004 更新車•標準塗装2009

NT170 7001 更新車•赤おび

NT171 7022 更新車•青おび

NT172 7002 更新車•標準塗装

NT173 7010 更新車•花電車(2007)

(NT99 豊橋3501 サーラ号)

7700形

NT167 7701 みどり

NT168 7706 えんじ

NT169 7703 あお



鉄コレ(全て更新車もしくは7700形)



TR049 7022 更新車•旧塗装 2017年8月発売

印刷済行先 [早稲田]




TR050 7001 リバイバルカラー 2017年8月発売

印刷済行先 [三ノ輪橋]




TR069 7702 みどり 2019年4月発売

印刷済行先 [三ノ輪橋]




TR070 7708 えんじ 2019年4月発売

印刷済行先 [早稲田]




TR080 7020 非冷房

印刷済行先 [三輪橋]

付属ステッカー

方向幕 [早稲田][三輪橋][大塚駅前][町屋駅前]

          [荒川車庫前][王子駅前] 前面用•側面用 各3枚

ワンマン文字隠し(前面左上) 3枚

ワンマン札隠し 乗降扉右用 5枚

                      降車扉左用 3枚




TR088 7003 更新車•新塗装 2021年2月発売

印刷済行先 [荒川車庫前]

付属ステッカー

行先 [早稲田][三ノ輪橋][王子駅前][町屋駅前][大塚駅前]

       前面用•側面用 各3枚


TRAMWAY

TW-N7000A 更新前キット•ビューゲルカバーなし 動力別売 車番•系統•行先別売

TW-N7000B 更新前キット•ビューゲルカバーあり 動力別売 車番•系統•行先別売

TW-N7000RTR-A 更新前•ビューゲルカバーなし 車番•系統•行先選択式

TW-N7000RTR-B 更新前•ビューゲルカバー付 車番•系統•行先選択式


7022 荒川車庫 2017.8.17

7076号車として登場、車体更新により7022(2代目)となりました。2005年に画像の旧塗装に変更されています。2017年に営業運転終了、2018年末に廃車となりその後解体されました。


7701 荒川遊園地前電停 2017.8.17

7061号車として登場、車体更新により7007(2代目)となり、機器更新で7701となりました。

7700形はパンタグラフの位置を中央から車端部に移設しています。



7500形

廃止議論の中とりあえず造った8000形はすぐ老朽化し、また江東区路線や一部の専用軌道路線には存続の可能性がありました。そのため7000形をベースに8000形の意匠を取り入れた7500形が、1962年に20両登場しました。

青山車庫には1968年の閉鎖まで所属、その後7510までが荒川車庫、7511以降は江東区の柳島車庫に転属しました。

柳島所属車のうち7517と7519は事故廃車されたものの、残る8両は1972年11月11日の江東区路線の廃止まで活躍し、荒川車庫に転属しました。


1977・78年には7000形同様ワンマン化されました。7500形では車体更新はしていませんが、赤帯から青帯に変更されています。

なお7509と7514はワンマン化されず廃車されました。7509の機器は都営新宿線大島検修場の入替機、7514は2024年現在も小金井市の江戸東京たてもの園に静態保存されています。


1984~87年に13両が車体更新され、都電初の冷房車となりました。7000形更新車とは異なり、こちらは旧車体の意匠を意識しています。

なお7502、7508は車体更新を受けず廃車、7504も更新されないままイベントやラッシュ時に使用され2001年に廃車されました。


更新車は8800形の登場により2008年から廃車が始まりました。

2010年6月6日より、共同キャンペーンとして7511号車が阪堺電気軌道の緑+茶色のラッピングになりました。逆に阪堺ではモ502号車が黄色+赤帯となり、2014年までラッピングされていました。

Bトレインショーティーですが載せておきます。



2011年3月31日をもって7500形としては消滅した一方、同月に7510号車が都営交通100周年の花電車となりました。同年10月の運転のあとは放置となり、2018年に廃車されました。

2024年現在は7504以外に2両の未更新車、1両の更新車が静態保存されています。


TRAMWAY

TW-N7512 7512 更新前•ツーマン 荒川線早稲田行

TW-N7514 7514 更新前•ツーマン 6系統新橋行

TW-N7516 7516 更新前•ツーマン 10系統須田町行

TW-N7520 7520 更新前•ツーマン 9系統渋谷行

TW-N7500X 7500 更新前 車番•系統•行先選択式


Masterpiece

7500形更新車体•ビューゲル 動力別売 車番•系統•行先選択式

7500形更新車体•パンタグラフ 動力別売 車番•系統•行先選択式

7500形更新車体•阪堺塗装色 動力別売 車番•系統•行先選択式



7504 都電おもいで広場 2017.8.17

2001年の廃車後、2006年までは荒川車庫内で時折自走していました。2007年より荒川車庫内の「都電おもいで広場」に、5501号車と共に静態保存されています。なお配置の関係で正面を撮ることは厳しいです。


7514 江戸東京たてもの園 2022.5.13

1978年の廃車後、しばらく荒川車庫に保管されていました。(7504号車への部品取り?)

1999年に移設、赤帯に戻されました。


7506 池之端児童遊園 2019.2.23

更新車では最も早く2008年1月に廃車となり、2024年現在は唯一の現存車となっています。

個人的な話ですが、私自身が乗った都電車両で最も好きなのは7500更新車です。また、7511号車が阪堺ラッピングされているときに貸切したことがあります。


花100 荒川車庫 2017.8.17

7500形の引退と花100のデビューは、時期が時期だけあって当初の予定通りにはいきませんでした。

花100は6月運行開始予定だったものが10月に延期、しかも花電車の活躍は5日間のみに留まりました。



8500形

7500形の登場から28年経ち、車両の陳腐化がかなり目立ってきました。そのため1990~1993年にかけて5両が登場しました。

交通局の目論見は7000形31両と7500形14両を全て置き換え、6152号車と8500形に統一の予定でした。しかし思ったより財政難が過ぎ、5両の製造に留まりました。これにより7000形非冷房を含む6両が廃車となりました。

この形式からは、荒川車庫のトラバーサーの限界をもとに全長13mで製造されています。

8501号車は試作と言いますか、何かと見た目が異なります。また5両のみの存在の割に形態差が4種類あります。

外観に関わる変更は2011年頃のシングルアームパンタ化、LED表示器化くらいで、2024年もほぼ変わらず走っています。


模型化にも恵まれず、立体製品はBトレインショーティー、プラレール、トレーントラムズ(ダイキャスト)に限られます。




8501 荒川車庫前電停 2022.6.12

ライト形状、スカート形状、帯の配色が異なります。JR貨物DF200 901のような雰囲気です。


8502 荒川車庫 2017.8.17


8505 荒川車庫 2022.6.12



9000形

2001年にイベント用の6152号車と7504号車が引退し、しばらく7000・7500・8500の3形式のみで通常運行から貸切までこなしてきました。

都民からはイベント用車両の復活が根強く、2007・2009年に新型レトロ調車両として2両が登場しました。

この形式の登場に合わせ一部停留所にガス灯風の照明を付けたり、7000形3両に花電車風のラッピングを貼り宣伝したりと、かなり力が入っていました。


MODEMO

NT127 9001

NT138 9002


9001 飛鳥山電停 2018.2.24


9002 荒川遊園地前電停 2018.2.24



8800形

9000形に次ぐ新型として、また7500形の置き換えとして2009・10年に10両が登場しました。

デザイン案は3択の投票で選ばれ決定しました。残りは8500形の進化系のようなものと、後に登場する8900形に近いものがありました。

8801~8805は沿線に咲くバラをイメージしたローズレッド、8806~8807はバイオレット、8808・8809はオレンジ、8810はイエローと、4色が登場しています。うち8810号車と、同じく黄色い編成を1本持つ東急世田谷線でコラボをしたことがあります。


MODEMO

NT143 8810 イエロー

NT149 8803 ローズレッド

NT151 8808 オレンジ

NT152 8806 バイオレット



8804 鬼子母神前電停 2018.2.24


8810 飛鳥山電停 2023.3.19


8900形

7000形の置き換えとして2015~16年に8両が登場しました。

前述の8800形デザイン案にあった直線的なものを採用しています。また塗装も8800形を継承し、2両ごとにオレンジ、ブルー、ローズレッド、イエローとされました。

(イエローが2両なのは7001号車、7022号車を意識…というのは考えすぎでしょうか。)




TR063 8901 オレンジ 2018年5月発売

印刷済行先 [早稲田]




TR064 8907 イエロー 2018年5月発売

印刷済行先 [三ノ輪橋]




TR121 8903 ブルー 2024年4月発売

印刷済行先 [王子駅前]




TR122 8905 ローズレッド 2024年4月発売

印刷済行先 [大塚駅前]



8903 飛鳥山電停 2018.2.24


8906 飛鳥山電停 2017.8.17


8907 三ノ輪橋電停 2022.6.12




ついでに荒川線成立以前の車で、現存するものも挙げてみます。


5500形

1920年代のアメリカでは、クソデカい国土の至るところを走っている大量の路面電車の老朽化に悩まされました。1930年代には約85000両にのぼったそうです。

それを置き換えるために、1930年代後半から1950年代にかけて製造されたのがPCCカーです。

北米だけでなく様々な国にも登場し、タトラカーのように独自のジャンルとなったものもありました。またこの車両の側面窓は上段がHゴム固定、下段が開閉可能なサッシ窓で、「バス窓」の発祥とされます。


日本にもPCCカーを入れてみようと、1954年にナニワ工機で1両が製造されました。都電初の全金車です。しかし余りにも既存の車両とかけ離れた車両であり、故障の多さや操作性の悪さから1両で終了しました。


少し遡り1953年、PCCカーの車体に既存の機器を載せた5502が製造されました。純正PCCカーに1番を譲るため、2番を名乗っています。

それとほぼ同じ仕様で1955年に5503~5507が製造されました。


芝浦には交通局の工場があり、それに近い三田車庫に5500形、6500形、7020号車(初代)といった試作車が投入されました。運用は品川~銀座~上野の1系統で、この9両は1967年の廃線と運命を共にしました。


5501は上野公園にて静態保存となりましたが、屋根も無く整備もされないまま荒廃しました。

1989年に荒川車庫に移設、整備されたもののやはり雨ざらしでしたが、2007年に再整備され「都電おもいで広場」にて静態保存されています。


市販の模型は存在せず、ネット上には個人が製作されたものが上がっています。足回りまでカバーで覆われており、小半径のカーブを走るNゲージでは厳しいということが伺えます。


5501 都電おもいで広場 2018.2.24



乙1形

1925年に登場した乙10形の機器流用で、1941年に2両が登場した電動貨車です。乙1は三田車庫で1967年まで、乙2は荒川車庫で1971年まで在籍しました。

なお現在荒川車庫にある構内作業車(鉄輪ではなくタイヤ付きの車)には乙3の番号が付いています。


模型ではアルナインの金属キット A1059 とても簡単なSPサイコロデト が雰囲気としては似ています。金属キットではありますが、動力は組立済で車体ははんだ付け無しでも組めて、あとは塗装さえ上手くいけば誰でも完成させられます。ビューゲルも畳めるものがアルナインで売られています。


乙2 神明都電車庫跡公園 2023.2.20

上述の6063号車と共に整備されました。貴重な電動貨車がこうして現存するのは大きいです。



8000形

戦後、木造車がまだ台頭しているものの、置き換えしようにも都電廃止の流れが出ているため手を打ちづらい。そこで10年くらい使って捨ててもいい、安価で簡易な車両として1956~58年に131両が登場しました。

都電の1372mm軌間の全域で使用され、1969~72年の路線一斉廃止の際に一斉廃車となりました。荒川車庫所属車も他形式に置き換えられ廃車となり、継承されませんでした。

2024年現在は2両が静態保存されています。


TRAMWAY

TW-N8054 8054 22系統新橋行

TW-N8069 8069 17系統数寄屋橋行

TW-N8107 8107 1系統品川行



8118模型 鉄道博物館 2024.6.14

この記事の執筆中に鉄道博物館に行く機会があり、そこで偶然この模型を発見しました。


8053 千葉県八千代市 TRAIN CAFE 2016.12.17

京成勝田台駅•東葉勝田台駅の北側、ローソンの手前にあります。

この車両は1972年より、この場所でスナック喫茶として利用されました。2005年よりTRAIN CAFEとして営業していましたが、2016年12月25日に閉店しました。

2017年より鍛冶屋の工房として利用されています。


以下、訪問時の画像です。











都電荒川線は2024年10月1日、荒川線という路線名が付いてから50周年となります。

東京にお越しの際はぜひご乗車いただいて、専用軌道での走りや沿線の花、公園や川をお楽しみください。梶原電停では都電もなかをお忘れなく。

また都電の譲渡車や保存車が点在しています。それらを探し回っても良いですね。

ぜひ、それぞれの都電の楽しみ方を見つけてみましょう。