うちにきてたお坊さんいわく
しんでみたらいいじゃん
で、も、いきることをやり直せないよ。と。
死んでから、浄土、て呼んでいるところまでの距離は
この世で努力した分量で決まる。
自殺したら、一番長い道を、上も下も、まっすぐかどうかさへも
わからない空間をひたすらすすまなければならない。
そのまっくらな空間を横切る光が
いわゆる往生した人のすすんでいるところらしい。
早いもの
きらびやかなもの
ゆっくりと道行きをたのしんでいるもの
音速ジェット機なみにすすんでいくもの
進む先が浄土とは限らないしおいかけようとしても
自分はいわゆる徒歩の進み具合で
追いつけないおいこせない無念
ま、そういうのが厭だということは、そのときはできない。
この世でなら、心を入れ替えて、気持ちしっかり持って
やり直そうと思えば出来る。
しんだら、できない。
ま、ね、あるけばとどくというきょりじゃないのよーーーー
ってところが、何億光年ってきょりらしいからーーーー
って。夏の盆の時に。
その距離を移動して、盆にかえってくるのかぁ。。。とか
はろうぃん、が10月って聞いて、道のりが混雑しないように
欧米は10月か!とか
使者の月、て11月がずっといわゆる服喪のじかんだから(カトリック)
けっこうな時間移動するんだなぁとか
いつがんばるの
いまでしょ♪
って、横須賀のころは皆がおもってたぞw
いざ鎌倉っていつよ
いつでも準備しとくってことよ
で、さ、いつよ、
北条がたちあがったとき???
源系は「いまでしょ」なちすじなのかしらんw