これは、僕が20代の頃、人間関係がうまくいかなかったころ、
よく心に念じイメージしていたことです。
その当時は、バブル経済のころで、本当に仕事が多すぎる激務状態、
上司や同僚などまわりの人のやさしい気づかいなど、
まったくなかったような荒れ狂った時代でした。
誰からか教わったわけではないのですが、
「こころのギアをニュートラルにいれる」というイメージ法をやるようになり、
徐々に他の人に感情を揺さぶられるということがなくなりました。
しばらくして、このニュートラル、よく考えると、
仏教の「空」や「無の境地」ではないかと思っていました。
あれから20年たった今、
「ユダヤ人大富豪の教え ふたたびアメリカへ編」を読みました。
マトリックスのセンター、これはあの頃のニュートラルだ。
僕は思い出しました。
その他、
いろいろなことを思い出していました。
あの頃の僕は、
人間関係については、「ホステス」と「柔道」から
その術を学びとったと言えます。
バブル期は、毎日のように飲み歩き、2件目、3件目になると、
必ずホステスさんのいるクラブへ連れていかれました。
まだキャバクラは無かった時代です。
キャンパスパブというのは、ありましたけど。
酔った男たちのくだらないギャグや下ネタを
いやな顔をひとつ見せずにかわし、
時には口説かれそうになってもするりとかわし、
帰るときには、またいらしてね、と客の気をひく。
彼女たちの手にかかると
会社でのいやな上司や苦手な同僚も、
仏様の手の中のであやつられているようでした。
彼女たちのそんな人間操縦術にいつも感心していました。
僕は、ずっと彼女たちから学んでいたのです。
また、ある時、
ふと「柔道」という言葉が目にはいりました。
ところで、柔道って、どうして「やわらかい道」と書くのだろう?
そういえば、「柔(やわら)の道」とも言う。
そのあと、
「柔よく剛を制す」という言葉を知ります。
「柔軟性のあるものが、そのしなやかさによって、かえって剛強なもの
に勝つということ」
柔道は、自分の力だけでなく、相手の力を利用して、投げ飛ばしたり、転ばせたりします。
堅いとかえって負けてしまします。
そういえば、夏に海で地面に力強く立っていると、波に打たれた時、倒れてしまいます。
でも、波が来た時、波に乗ってしまえば、倒れず浮いて居られます。
この時、僕の中で、強さというものが、鋼のように堅いものではなく、
しなやかなものであると気がつきました。
人に接する時も自分のポジションを固めてしまうのではなくしなやかに、
そして、ニュートラルに。
あの頃、思っていたことを
いろいろ思い出させてくれた、1冊でした。
「ユダヤ人大富豪の教え ふたたびアメリカへ編」。
これは、誰が読んでも、いろいろと感じ方の違う本、
同じ人でも、読む時期によって印象が変わる、そんな本だと思います。
楽しかったです。また、読もう。
みなさんも、ご一読を。
本田健 著「ユダヤ人大富豪の教え ―ふたたびアメリカへ篇



