三木句会ゆかりの仲間たちの会:『食の一句』櫂 未知子著より
9月8日 秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚
〈秋茄子〉は身が引き締まり、漬物に向くという。その漬けた色を
〈不倫〉めいているとは、、、、、?あの美しく深い紫が淫靡に感じ
られるからか。今は何でもフリンと呼ぶが、少し前までは皆「浮気」
で片付けられていたように思う。ちなみに辞典では、「浮気」の類語
として「好色・尻軽・多情多淫・漁色・淫蕩」、「不倫」の項には
「不貞・不義・破倫・乱倫」など、それぞれゴージャスな言葉が並ん
でいる。「浮気」の方が少し間抜けで少し明るいかな。
(『筍流し』)季語=秋茄子(秋)
遊子のおまけ:最初にこの句を読んだとき、ひどく感動したことを
覚えている。それは櫂さんも書いていらっしゃるように、秋茄子の
深い紫が淫靡に感じられた、という作者の感覚にである。
もっとも、私が想像した色は美しく深い紫ではなく、よく漬かった
茄子が茶色っぽく変色した時の色である。糠と塩分によって褪色し、
さして美しくはない濁った茶色になった様は実に不倫だな~~と感動
したわけである。
古来、日本の色の表現に、紫には「滅紫(けしむらさき)」なる
”彩度の低い灰みの紫色”がある。茶色の古漬けにならずとも、この
色なら納得だ。嗚呼、美しく深い紫色の不倫に憧れる!!
9月11日 鹿の肉望(もち)のひかりのなかに食(た)ぶ 武藤紀子
優美でかつ野生的な味わいのある句。〈望のひかり〉、すなわち
満月のもとで鹿肉を食べるという行為は、たとえば古代の美しい儀式
を見ているかのようだ。この作者の秋の句に〈水澄むや鯛かまぼこに
赤き鰭〉などもあり、ごく日常的な「食」という行為を詩的に高め
得る力のある人だということがわかる。秋のシンボルでもある〈鹿〉
を食べてしまうことが俳諧らしさであり、そしてそれが満月の夜で
あることが無残かつ限りなく美しい。
(『朱夏』)季語=望月(秋)
遊子のおまけ:venison(ヴェニソン)はジビエの代表のような肉。
高たんぱく低カロリー、鉄分やミネラルが豊富、高級フレンチコース
料理のメインとして使われることも多く、一流シェフが様々なテク
ニックや趣向を凝らす食材。
最近は里山に鹿が大量に繁殖し、毒性の強い馬酔木などを除き、
ほとんどの山野草を食べてしまうし、冬場には木の幹を齧って枯ら
せたりと、住人には害獣としてうとまれている。もっと鹿肉が流通して
ほしいもの、と水脈を断たれ枯れた夏椿の幹を撫でながら思うことだ。
photo: y. asuka
毒茸月薄眼して見てゐたり 飯田龍太
