夏の始まり
6月初旬、海へ散歩に出かけると浜辺では杭打ちの作業が進んでいました。
地元民に馴染み深いいわゆる「白杭」で、片瀬海岸西浜から鵠沼海岸の遊泳エリアを区切
るために、海開きの日に向けて東西に一列ずつ打たれるのです。杭の内側にはサーファー
やレジャーボートが侵入せず、ライフセーバーが安全のために目を光らせる、そんなエリ
アの目印となります。同時に海の家の建設も始まり、いつもと違った風景は「いよいよ夏」
を感じさせます。
コロナの第一波、緊急事態宣言とともに私たちの暮らしは一変しました。人との接触を
極端に減らし、初めて海水浴客の来ない奇妙な夏となりました。そんな時に聞こえてきた
のが「今年、白杭ないんだって」という言葉でした。この事態ならしかたないとも思いま
したが、改めてその白杭の出現がもたらす夏気分を思い出すこととなりました。白杭の存
在を当たり前と思っていた人が多かったのは、何人からも異口同音にそのことを話題にさ
れたことでもわかります。いつもとは違った夏を迎えた2020年の海辺。
昨年の夏、これまでと同じようにとはいかないまでも、白杭は打たれ、海の家は軒を並
べ、観光客は海水浴を楽しんだようです。その風景が今年もまた広がります。浜辺に横た
わる白杭を見た時、もしかしたら「白杭」は当地だけに通用する立派な季語かと思いまし
た。それぞれの土地特有の営みから生まれる言葉は、思うよりずっと大きく私たちの五感
を震わすもののようです。
樹 水流
photo: i. mizuru
白杭の連なれば夏堂々と 水流