2023年3月三木句会報
三木を礎として俳心 加藤光樹
万物の尖りを撫でて春の風 藤井 素
ゆく春や句帖に残る未完の句 さとう桐子
大木を振り返りつつ巣立鳥
抱く吾子の頬の産毛や風光る 関本朗子
馴れ初めは完全黙秘さくら貝
しかつめの遺影四代山笑ふ 太田酔子
かげろふのふるへ未完の余生かな
新聞を読まず眺めて春炬燵 草野きょう子
山笑ふ完は次への道しるべ 白樫ゆきえ
足踏みの揃わないままつくしん坊 樹 水流
春一番賽銭までも巻き上げる 関根瞬泡
仄白き垣根に点る椿かな 佐藤花子
春眠にパン焼く匂い忍び込む 米澤 然
陽のめぐみ土のめぐみや蕗の薹 國分三徳
口笛は春風と吹く未来へと 田中 梓
黒唐津水張り浮かべ落椿 佐々木 梢
紅枝垂かわたれどきに独り占め 小泉真樹
迷路なす地下街ぬけて春広場 原宿美都子
櫻花すべてが咲くと思わざれ 山崎哲男
花衣時にキツネの皮衣 神宮前小梅
残雪の一塊野兎のはねる頃 幸野穂高
白煙の香が野焼きの完告げる 吉村未響
葱坊主ひとり遊びの癖がある 飛鳥遊子
初蝶の羽化の完奏みとどける
チューリップ㊙︎の過去のふたつみつ
今月は記録に残る高点句が出ました。6名の特選をさらった素さんの21点句「万物の尖り
を撫でて春の風」。文句なしの句だと思います。抽象的であるとのコメントもあるかもし
れませんが、誰もが一瞬で納得の現代俳句らしい一句です。神様は2年間の厄介な作業の
ご褒美をこんな形で素さんに授けられたのでしょうか。この場を借りて、ご主人との二人三
脚で1度も欠けたり遅れることなく完璧な作業をしてくださったことに、深くふかくお礼を
申し上げます。
2桁にのせたのは桐子さんの15点句「ゆく春や句帖に残る未完の句」と朗子さんの11点句
「抱く吾子の頬の産毛や風光る」。三徳さんが添削をしてくださったのは”「未完の句句帳
に残し春ゆけり」とすればもっと立派な句になります。” 桐子さんには5点句の「大木を振
り返りつつ巣立鳥」もありました。朗子さんは、いつもの優しい眼差しで上手に詠まれま
した。瞬泡さんのコメントがあります。「馴れ初めは完全黙秘さくら貝」の6点句もあり
ました。
8点句の1つは酔子さんの「しかつめの遺影四代山笑ふ」。旧家の座敷の鴨居に並んで掲
げられている額。そう言えば、笑っている遺影というものを見た記憶はまずありませんね。
季語の「山笑う」との対照が効果的です。光樹先生の特選です。酔子さんには7点句の「か
げろふのふるへ未完の余生かな」もあります。成虫の寿命は数時間から一週間で、はかな
いもののたとえにされる蜉蝣が季語。まだまだ長い余生、どのような完になるのか、これ
からもお元気でお願いいたします。
きょう子さんに8点句「新聞を読まず眺めて春炬燵」が出ました。側からは読んでいる風
情にはなっているのだけれど、炬燵の暖かさに脳も活動せず眺めているだけ、との態。目
の付け所が愉快です。遊子にも2つの8点句と6点句がありました。「葱坊主ひとり遊びの
癖がある」、「初蝶の羽化の完奏みとどける」と「チューリップ㊙︎の過去のふたつみつ」。
「ひとり遊び」は良寛さんの有名な和歌「世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊び
ぞわれはまされる」から、同感!というわけでいただいたもの。梓さんの特選、ありがと
うございます。初蝶の羽化は、3年前の青虫から羽化、大空への飛び立ちを見届けた感動
体験からの1句。その変態のさまは長尺のシンフォニーが完奏されたかのようでした。㊙︎
は諧謔。チューリップはぶりっ子の感じがしないでもない……。
ゆきえさんの7点句は「山笑ふ完は次への道しるべ」。私たちの将来を上手に詠んでくだ
さったのでしょうか。「足踏みの揃わないままつくしん坊」は水流さんの6点句。春の野に
ツンツンと不揃いに顔を出すつくしの様でしょうか。あるいは奥に深い暗示がある?「春
一番賽銭までも巻き上げる」は掛詞が楽しい瞬泡さんの5点句。お坊さん真っ青です。残る
2つの5点句の1つは花子さんの「仄白き垣根に点る椿かな」。夕刻でしょうか、風情ある
風景を綺麗に詠まれました。花子さんには「駅ピアノ妻と奏でる「春よ、来い」があります
が、三徳さんから添削があり、”「春よ来い妻と奏でる駅ピアノ」とすると特選にしたくなり
ます”と。
本の題名になっている花、絵に描かれた動物などは季語扱いされないことが多いことも覚
えておきましょう。視点の良さを俳句の形に仕上げる習慣を身に付けたいものです。然さん
の5点句「春眠にパン焼く匂い忍び込む」は理想郷のよう。目が覚めたら焼きたてのパン
のランチ!!こちらも瞬泡さんの添削をいただきました。
今月の兼題「完」は皆さん上手に使ってくださったようです。ということで、これにて
「完」。
photo: y. asuka
牡丹の前で言葉がひざまずく 有馬英子